株主優待券
探偵はとある企業の株主優待券を使用するために訪れた店で暫く待たされた後、案内されたところはおそらく普段客に見せない二階の部屋だと思われ、綺麗な漆の器を吟味しながら周囲を見渡すと丁寧に値札のみ片付けられていた。
「いい漆だね」
独り言のつもりで口にしたが。整えられた口ひげが特徴の店の長が横に現れる。
「こちらは若い工芸家の作品でして、しかし漆の厚さ、色合いなどは熟練の職人に劣りません」
探偵はにやりと笑った。
「どれか一つ、選べばいいね」
「この空間にある器は全て対象となります。おひとつだけお選びください」
白ひげを触り如何にもな言い草だ。挑戦状叩きつけるのではなく、紳士的になにか平等の要素を見出しているような態度だった。
「時間は?」
「こちらの砂時計が落ちきるまでとなっております」
砂時計が逆さまになった。
「ふふ、わかった。一人にさせてくれ」
「承知しました」
店主は木製のアンティーク調の扉から部屋の外へ消えていく。
所狭しと漆の器が置かれた部屋は空調が効いているのだが、エアコンの雑な音は聞こえない。特別な客を誘い、眼力を見極めつつ店の良さも引き出していく手腕に探偵は自然と唸った。
まずは手前の器を手に取る。
「これは……難しいな」
漆の器は何をもって値段が付くのか考えたこともなかったため、彼は漆塗りがどれも同じに見えて仕方なかった。暖かみがどうとか、薄さと水を入れた時の透明感だとか、様々な評価項目は存在する。なお、基準を知らなかった。
「こっちの方が高そうだけど、これも捨てがたい」
店の術中に嵌まっている気がしてならなかったが、どうにもならない。探偵はいつもの観察眼をつかって漆塗りの器を分別していく。
「厚さ、輝き、形。全部同じように見えて全部違う。奥が深い……」
またも唸った彼は砂時計の調子をみた。もうすべてが落ちかけている。
「結局、一番お気に入りのやつを選ぶしかないと」
探偵は軽くも撥ね退けられない敗北感を味わった。小さな企業の底力なるもを見せつけられ、創業百年を優に超す老舗の意地を垣間見た気分だった。
こんこん。
砂時計が完全に落ちきると同時に扉が優しく叩かれる。
「お決まりでしょうか、お客様」
「うん。決まったよ。漆は中が黒に限るね」
「こちらで梱包致します。代金は受け取っておりますので、そのままご帰宅ください」
手厳しい店なのかもしれない、探偵は表情一つ変えない店主に感心するしかなかった。
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