勇気は絞り切られない

 久々の一人外出に贖罪の面持ちを持ち歩いた先に雪の降る豪雪地帯に迷い込んだ。


「嘘……雪?」


 そもそも一人で家の外に出るなど何年振りであろうか、常に彼と一緒に道を歩き、街を探索し、世を渡り、何もかもを二人三脚。最近では彼が良い仕事を見つけてますます一人で家にいることが増えた。もはや専業主婦と言っても過言ではないだろう。自分から行う専業主婦というのはまだ世間で騒ぎ立てられるほど苦痛ではなく、喜びが微かに滲み出ている。被虐嗜好なのだろうかと、彼女は勝手に思いつめた。


「傘持ってきてないのに……」


 たまに大金をもって帰ってくる彼に甘えるための理由付けか、私は頑張っているんだぞと縋りつく、蝉の幼虫のような存在か。彼女自身、それを就職したくないの軽い、何処にでもあるような気持ちで済ませたくはなかった。


「雨宿りしないと、あのカフェ確か美味しいって聞いたな」


 知らぬが仏を売らぬき通してしまった彼女は罪の意識を僝えるしかなく、悶々と苦しむことを望んだ。自然から与えられた雪という状況はまさにうってつけで、彼女はカフェに行くのを諦めざるを得なかった。


「見晴らしのいいベンチって、意外と見つけやすいの」


 空虚な言葉は宙を貫く、貫くしかないのだ。ちょっとした小高い山の上、昔は黄金伝説のあった寺院の跡地らしい。今では見晴らし良さを使ったカフェが人気で伝説は影も形もない。かろうじて碑石が過去を伝えるだけでそれもちょっとずつ欠けていっている。悲しいことにここの管理者は先日なくなったばかりだ。


「寒い、寒い。ああ、さむ」


 例え厚着をしていたとしても氷点下を大きく下回る雪と空気は拷問に等しい。ベンチの暖かみのある木製に腰を落ち着けなくては彼女はものの十分で凍傷になっていたに違いない。これも罪を被る意識の表れなのか、自分を追い詰めていくことしかできない。


「こんじゃ足りないよぉ……」


 電車を乗り継いで辿り着いた山で、昔家族と訪れた見晴らしの中で、彼女は贖罪の意思をもって雪の冷たさを受け入れている。足りぬ、それでも足りぬというのか。コートのボタンに真っ赤な手を持ってくる。


「いっそ、いっそ!」


 自暴自棄になるほど彼女は追い詰められている。まだ見ぬ幽霊がまるで鎌を担いで背後に立っていると知覚し、ありていで言えば恐怖心が刃のごとく胸を突き刺していた。警察の音が通期から聞こえる。小高い山に雪まで降っているというのに可笑しい。ついに耳すら潰れるほど彼女はダメージを追ったのだろう。


 否定の言葉は存外追いかけてくるものだ。


「ゆい!ゆい!」


 最近羽振りのいい探偵を引き離してやってきたのは愛しい人でこの世の何よりも大事な人だ。そう、自分以上に。


「あのね……あのね……」


 彼女は涙をもって全てを話したのだった。

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