さいごっぺ

「船、出すのか」


 陸地向けの天気予報はあてにならないことが多いと船長は考えていたが、アメダスの設置場所が陸地にある以上海の天気を予測しづらいのは仕方ないことだった。


 いつもの願掛けを済ませてエンジンに火をいれる。臭い重油の匂いがあたりに充満し、適当に空気を入れ替える。これも願掛けの内で、匂いが渋く不味いときは不漁の場合が多く、それほど気にならないときはある程度釣れるときだ。


「潮が混じってる。匂いが薄いってことか」


 船長は久しぶりの感覚に戸惑いつつも、船を泊めてある縄や救命具の点検を済ませて大海原に出航した。晴れ渡っている空とは能天気でも言えない、雲の多い時間帯での出航だった。


「場所は、海底都市のところだったか」


 船長は友人の頼みで船を出していた。以前は鮒釣りのためだけに船をだして費用は船長持ちだったのだが、最近では移動手段として使われることが多く逆に船長に金銭が支払われる。友人であるからと金銭は貰わないよう説得することもあったが、友人の隣にいる探偵が説得力溢れる言葉で船長を言い負かした。


「何がタクシーに金を渡さないのは犯罪だって、おりゃ琉偉に客と思っだごたね」


 何処で出会ったかなどとうの昔に忘れているが、自然と仲が良くなり一年に一回は鮒釣りに、それ以外でも友人の連れと一緒に海に出かけることが一種の楽しみとなっていた。それだけで支払いきれない価値があるというのに、と船長は今まで貰ってきたお金は全て使わずに銀行に貯金していた。いずれ返すつもりなのだ。


「これを海に落とすだけ、ちっ。不法投棄に金。ただでやるってのに!」


 船長の怒りは犯罪に加担させられたことではなく、まるで友情が金で繋がっているかのように感じていたからだ。報酬ではない、得られる感情が唯一無二だからこそ金銭で支払えない価値があるのだ。


 船長は忌々しく気味の悪いガラス玉を睨む。


「ぜってぇ金はうけとらんね。おりゃにはその意味がない」


 黄金都市の真上を示す箇所にブイが浮いており、船長はガラス玉を投げ捨てた。


「ここさえなけら、琉偉は変わらなかった?」


 首を振る。


「あいつは何も変わってね。正直で、後悔してで、真っすぐだ」


 海は穏やかで、空は晴れ渡り夕日がこの世の全てに手を差し伸べている。古の都市も悪意だけでは叶わないものがあった。

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