変わらない現象

「大それたことよりも、さぁ……この、この仕打ちはねぇって……」


 世界は残酷だと多くの人間は一度目にする文言を、今体験する彼は項垂れ壁に手をつき過去の所業振り返っては否定し、あんまりな結果と得たかった理想の差にやはり打ちのめされる。


 猫が机の上でニャーと気の抜けた声で鳴く。


「可愛い可愛い。どうしようもないよ、非公式の協力ってそんなもん」


 そう言う学友は窓の外の青空を力なく見つめていた。心なし猫をなでる力もいつもより緩い。


「テロリストを、民間人を脅かすテロリストを捕まえた報酬が家賃の督促状って、そりゃねぇぜ」


 金は世間の周りもの、金の切れ目は縁の切れ目。普段耳にすることわざだけでも金銭の大事さはみにしみているつもりだったが、いざ目の前に突き付けられると規則の堅苦しさを恨まずにはいられなかった。


 季節の境目に起こったただの現象に世間は取りざたすることなく時間は過ぎる。例え黄金の秘密をあがいたとしても、認知されなくては意味がない。


「残ったのはこれだけか……」


 おそらく違法なお金が封筒に仕舞い込まれている。学友は決してこれを開けようとはしなかった。


「ルイ。それは置いておく。僕たちはヤクザなんかに協力したつもりじゃないよ」


 それもそうだと、しかし男は封筒を名残惜しそうにゴミ箱に捨てた。

 得られたのは冒険が終わった空虚な名残だけであり、いうなれば虚無を得ることができた。人生に彩を加えるよいものであることに街着はないが、今それが役立つかというと全く、逆の方向を向くしかない。男は深いため息を吐き、学友の猫を奪い取った。


「お前だけだよ。俺たちの癒しは」


「名前、まだだったね」


「あぁ、確かに」


 虐待を受けていた猫を受け取ったはいいが名前までは教えて貰っていなかった。


「うぅん。何がいいかな」


「あれに似せれば忘れなくなるんじゃね」


 冷たい海水に潜ったときの光景を男は思い出していた。人智を超えた幻想的な都市に隠された大昔の厄災とその配下、たった二人で大きなことを妨げた快感はまだ残っている。学友も目を閉じて考えていた。


「深い、深い海……?」


「トゥルー?」


「……まぁそれでいっか」


 真実というのは、何か一つ抜けているピースをはめ込むと浮かび上がるものであったりする。


 電話が一本、けたたましく鳴いた。


「おお、仕事か!」


 だが受話器の向こうの声はなんとも濁っており、謎めいた言葉に聞き分けられる意味など存在しなかった。


「わからん。日本語で話せ!」


 伝えたい事の一つも分からず、電話は一方的に切られた。

 マナー悪く電話を盗み聞きしていた学友も全くお手上げらしい。何も分からないなら何も行動しない。彼はそう結論付けて町内の清掃活動に赴こうとした。


「なぞだね。僕はご近所のおばさんの掃除を手伝ってくるよ」


「いってら。俺は……株でもやるか」


「なら運輸関連のやつどっか買っといてよ。面白いものみれるかも」


「……ああ買っとくよ」


 学友は理由も言わずに上着を羽織る。外は氷点下でもないのに息が凍る環境で、滑る地面には細心の注意が必要だった。


「ねぇ、なんか来てるよ」


 不安げな声に男は猫を抱えたまま扉に近づいた。学友はむやみに扉に引っかかっている白い荷物を触れない。こういうのは男の仕事だ。


「親愛なる……深淵より?」


「はぁ、また厄介ごとかな」


「いいから開けるぞ」


 発泡スチロールと思われる箱の中身は輝いていた。比喩ではなく、実際に輝いていた。二人と一匹でそれを覗くと三つの叫び声が雑居ビルに木霊した。


「な、なんだよ!」


「おうぇ」


「シャー!」


 目視してはならない不気味な意匠が施された金の頭蓋骨が中に封入されているガラス玉だった。元になった生物が断定できないほど歪んでいる頭蓋骨と共に、日本円の紙幣が数え切れないほど入っている。


 時間が凍る。二人と一匹の驚きは彼らの思考に影響し、流れるべき体内時計もその長針の動きを止めてしまう。

 しかれども、男は真っすぐだ。


「……また彼女と海釣りが出来そうだな」


「もう……うん。いいよ、それで」


 学友は何も考えずに階段を下って行った。

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