それでも家族だった

 限りなく昨日に近い今日を目指す。峠を越えた明日には、気付かぬうちに未知が入り込んでいた。良しとはせずに追い出そうと試みるが、それが人生なのだと、諦めるしかなかった。


 今日も今日とて未知を追い出す作業をする。


「昨日、まだ見てない草を見つけた」


 夏が終わり秋が来た。変遷の時代、未知が溢れて仕方がない。


「へぇ、味は?色は?根っこは?」


 気になって気になってしようとすることが出来ない。仕事であれ、歩くことであれ、約束であれ、何であれ。しなければならないことなど眼中になくなり、脳から抹消されて跡形もなくなってしまう。悔しいし、切ないし。


 忘れてしまっては感情すら湧かないことに、感情が湧いて涙しか流せない。


「今日こそはやり遂げて見せる」


 すっかり日の暮れた土曜日、昨日は日曜日だった気が売るのに早いことだ。振り切った曜日は何処に行ったのだろうと、道すがら多くの人に聞いた。曰く、何言ってんですか。曰く、疲れてんだ寝なよ。曰く、病院行った方が良いって。と、三者三様の回答を得た。笑顔で感謝する。それが礼儀と習った。


「お客さん。ここで降りるんでしょ」


「え、ええ?そうでしたっけ、そうですね」


「仕事、頑張って」


 窓のゴミに注目してしまっていると、ふとした瞬間に声を掛けられる。毎回、毎日、昨日も、今日も、おそらく明日も。ありがとうと、バスを出た瞬間に泣いてしまった。涙を見せるのは恥だと、親から教わったのを思い出してまた悲しくなった。誰も悪くない。医者はそう言って、不味くて不気味で不足している薬を少し渡してくれる。


 皺の多い家族はいつでも、俺に薬を出してくれているのに渋る理由があるんだろうか。まぁ、いいや。





 *





 一報を聞いたとき、膝から崩れ落ちることのなかった彼女は薄情だと自分自身を罵った。逆に喜びすら心から沸き上がったのを感じ、受話器を握る手は別の意味で震えてしまう。


「どうした?ゆい」


「なんでもない。ちょっと、葬式に行く用事ができただけ」


「あぁ、え、えっと。お、送ろうか。帰りも」


 喪服の調達を済ませなくてはならず、狭い部屋のどこに置くかも考える。


 喪失感よりも先にそれがくるのだ、あまりにも薄情だと呪いたくなった。


「ありがとう。まだ場所がわからないから、電車でいけない所ならよろしくね」


「……わかった。一人の方がいいかな、それなら俺、隠れとくけど」


 心はいたって平生だ。

 彼に大丈夫と言葉を消そうとしたとき、しかし、涙が頬をと経っているのに気付いた。

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