トンカチ持たず

 脱サラ後に私立探偵事務所に取り次いで給金を貰っている男は今日も猫じゃらしを片手に、何も変動がない為替取引のチャートと睨めっこしている。


 かつて何かあれば助けるからと、ほとんど意味などない口約束をした学友に頼ってみると本当に助けてくれるなど神か天使の類だろう。しかし、学友は助けてくれた。そのため感謝してもしきれない男は何でも屋の探偵以上になんでもした。


 街の汚物掃除、ポスター張り、売れないミュージシャンの聞き入り役、野次飛ばし。探偵事務所のバイトということになっているが給金は変動ありでサラリーマン並み、正直男は申し訳なくなっている。


 仕事が全くこないことはないだろうが、いつも暇を持て余しているのも事実、学友はその時間を使って株をやっているのだ。


「あぁ、ルイ。その見てる製造業の株売って」


「まだ上がってるぞ?」


「そこの事務やってるおばさん、多分着服してる」


 たまに恐ろしく曖昧な情報で株を売り買いするよう指示が出る。不思議なことにこの予想は外れたことが無く、毎回大損を回避しかなりの利益を上げていた。


「なぁ、なんでわかるんだ」


 探偵はいかにもな笑みを浮かべた。


「ふふふ、よくぞ聞いてくれたルイ。探偵ってのは情報が命だな、どこそこの猫が行くへ不明になったとか、不倫してるとか、ちょっと怪しい人がうろついてるとか」


「うんうん、はぁ……」


「ルイに実は彼女がいて交際四年目に入ってて安定した職を見つけれたら結婚しようとしてることとかな!」


「うんうん……はぁ?!」


 耳をつんざく叫びを聞いた学友は高笑いで口をパクパクさせる男の様子を楽しんでいるようだ。


「テキストメッセージを送るときは後ろに注意してね」


「ぬ、盗み見るんじゃねぇよ!」


「さてそんなことは置いといて」


「おい!」


「僕に入ってくる仕事で探偵らしいことなんで一つもない。けれども、情報はどこにも負けてない自負ってのがあるんだよ」


 男は声を荒げるのを諦め、学友の自慢に付き合うことにした。彼は優れた点を何十と得ているにも関わらず、友達付き合いと自己満足だけは凡人のそれだった。憎めない人間といえば聞こえはいいが憎まれる寸前である。


「犬の探索がてら奥様の長話に付き合ったり、引き篭もりと対談する時にハッキングした情報を購入したり取り敢えず僕はう◯この中に手を突っ込んで欲しい情報を掴むのさ!」


「……」


 猫じゃらしにとりつく猫を一瞥する。この子はある家庭が育てていた猫であるが、息子の死後に飼っていると息子を思い出すとかでもらった猫だ、お金付きで。おそらく、猫に対する虐待を奥様情報で掴んだのだろう。


「うん、うん。それは……」


 返答に困る自慢っぷりに救世主があらわれる。人ではなく電話だったが男は何も考えず受話器を耳に当てた。


『おたく、探偵業やってるんだってね』


「はい。犬猫の捜索から素行調査まで出来ることは何でも行っております」


『助かるよ。頼みたいことはだね、探し物を見つけてもらいたいんだ』


「分かりました。形状や色などの特徴を詳しく教えていただき──」


 男はメモ代わりに学友の愛読している本の表紙裏を開いた。


「たいのですが」


『特徴、特徴か。東京湾から南に船釣りしようとしたときにね、ケースを落っことしちまったんだよ。貴重品をいれた大事なもんなんで潜って探したけど無くってさ、落とした大体の位置は教えるから代わりに見つけてくんなねぇかな兄ちゃん』


 学友の方向をみると盗み聞きしている模様でヘッドフォンを装着している。答えはサムズアップ、犯罪臭がしていてもお構いなしだ。


「分かりました。依頼料として千円を──」


『あんたらの事務所に届けてある。くれぐれも頼んだよ』


 と、一方的に電話を切られた。

 察しの良い学友が言う。


「あれ、ヤバかったかな」


 察しの悪い男は事務所の普段よりも重たい扉を開け、不思議に思って首を曲げる。するとドアノブに分厚い茶封筒が吊り下げられており、それは資料とラベリングされていた。


「早いな」


 封筒を開ける。


「お、おぉ!」


 彼はすぐさま大声で学友に中身を知らせた。


「大口だぞ!ハルキ!」


 明らかに口止め料を含む金額が封筒に入っていた。しかし、男はそれを気にすることなく喜んだ。自分と男に学友が天井を見上げて後悔するのは当然のことだったのかもしれない。

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