釣り上げた輝き

 デートとして海釣りに誘われた彼女は昨日から全く寝付けなかったことを遅ればせながら後悔した。一週間前から釣具に帽子、防寒着など友達を引っ張って準備してきたというのに、眠気と船酔いで楽しめない。船長曰く吐いても良いらしいが、軽快な笑い声に頭痛まで誘発されてしまった。

 結局、太陽も昇らない朝に、魚の餌に胃酸交じりの食パン屑を加える羽目となる。


 皮肉なことに彼と彼女、彼の友人である船長でともに釣った魚はかなり大量だった。


「この海域でこれだけってのは珍しい。三十匹以上つれてるや」


「SNSでお勧めスポットって言っただろ?」


 船長は怪しさ満点の情報に苦笑交じりに言った。


「ほっとんど嘘だのに、良かったな」


 彼は白い歯を見せて笑う。彼女は胃の不調を誤魔化すためにまだ竿を握ったままだ。即効性の酔い止めは効かず、胃の内容物を全て追い出しても不調なのだから、彼女は根本的に海が苦手なのだろう。


「ゆいが元気だったらまだいけそうだけど、大丈夫じゃなさそうだし引き返そうか」


「ご、ごめん」


 謝ることではないと彼は言った。体質など避けようがない壁を、アスリートでもないのに超える必要はない。船長はまた一尾釣り上げ高笑いの中操縦桿を握る。


「せっかくたくさん釣れそうなのに……わたしのせいで」


「大丈夫大丈夫、今度は揺れない釣りをしよう、それかリゾートにいくのもいいな」


 外国の綺麗なリゾート地を想像すると胃の不調も段々と収まり始めた。彼に似合う服を買って、おいしい飲み物を飲んで、観光地とかを巡って、想像するだけで彼女の脳内は花畑のように香り豊かな未来が想像できた。


 ニヤニヤしていると、船長が大声で二人を呼んだ。


「おぉい!こっちきてくれ!」


 彼とふらつく足取りで船長の元へ向かう。

 何事だと顔に表し船長が覗き込んでいる何かを一目見て、彼も血相を変えて言葉がでなくなった。


「真っ赤って、故障だよな?!」


「馬鹿!点検三日前だ!あるわけば、あったらがね返ぜ!」


 魚群探知機の影はもはや陰ではない。

 それほど故障を疑ってしまうほど赤い表示が青画面を覆い尽くしていた。


「ねぇ!ねぇ!かかった!」


 彼は興奮しながら顔を上げて彼女の姿を捉える。その視線の先には揺れる釣り竿の存在があった。


 魚群探知機の様子からして魚以外の何物でもない。秋刀魚か鯖か、小魚の群れの上に船が来たのだとしたら潜りたい欲望と釣りをしたい欲部が同時に襲い掛かってきた。


「待っとけ!」


「網がなぁ」


 嘆く船長をしり目に二人は仲良く釣り竿を握って一生懸命にリールを巻き、手の血管を浮かせ歯ぎしりの声が漏れるほど精一杯の力を振り絞る。巨大な魚影が水面に黒い影を作り、彼女は頭痛も酔いも忘れて竿を引きまくった。


 格闘すること一刻、船長が交代のために肩を叩いたときについにそれは現れた。


 しかし、魚ではなかった。


 暴れるはずがない、ただの石である。


「えっ、なにこれ」


 ただの石と言っても、金細工の施された石であった。読解できない絵の描かれた石は今沈められたかのように琥珀色に輝きを放ち、三人は暫く動けなかった。





 沈没した黄金都市の光景は数多のダイバーが水中カメラを片手に全世界へ公開し、二日も経つと領有権を主張する国家が現れ、結局誰の手にもわたらず歴史家たちの委員会が管理することとなった。


 黄金都市の遺物は金だけではない。


 なぜ沈んだのか、どこの国の街だったのか、記録には残っていないのか。


 憶測が憶測を呼ぶ状況に世界は熱狂し、歴史家たちの調査を超えて文献に口伝、伝統が探られる。休日のデートから発見された黄金都市は一種のヒステリーを世界に齎し、また彼と彼女は一躍時の人となった。


 黄金都市。

 失われた文明の、失われた時代の、人類が忘れた都市は終に輝きを放ち始めた。

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