二十三ヶ郡

黒心

動かない理由

 朝日を眺めているのか、夕陽を眺めているのか、彼は遠望にて太陽の遅きを呆れた。


 長い長い時間が経とうとも、彼は鉄に座って微動だにしない。約束は違えない男なのが、ただ一つの自慢であり個性だった。


 少し前の時代である。彼は普段と変わらない生活を営み、不埒な友人達と遊んだ帰りだった。誰かの夕日の詩を詠みながら歩き、まるで自分が天才にでもなったかのように錯覚さえした。木炭を部屋で燃やそうとする友人を止めたのが自分だけなのだから、錯覚しても可笑しくなかったのかもしれない。


 さりとて大事にしなければ失うばかりの友人達、彼は木炭ではなく大きな電気グリルを埃の山から救い出した。何年も前の電気グリルは使用回数の通り何もかもを焼き上げることはできなかった。友人たちは木炭に火を通し、眠そうに焼き上げなくてはならなかった。


 消えた幻影にまた会おうと手を振りおわって大きな帰り道、住宅街の道路のど真ん中に堕ちる太陽は、それはそれは綺麗で仕方なく目を奪われるのも当然、あからさまに世界は彼に祝福を与えている、まるで天国への帰路のように。


 こんな日にはゆっくりと何もせぬのが良い。

 自分で納得し足早に家へ帰宅しようとした。


 しかし、天真爛漫を思い出した彼の多少の傲慢も色褪せてしまう。所詮世界が見せた夢のかけらに過ぎない。


 燃え尽きた木造住宅、垂れる彼、木の葉がポツンと落ちた。


 ジャーナリズムはすぐさま凄惨な現場にカメラを向けた。凛とした表情で事実を述べる記者たちに彼は文句の一言も二言も向ける。

 だがそれはすっかり人体を通り抜けてしまった。


 性別もわからぬほどに損壊した人物の言葉を、誰が理解できるというのか。発酵したガスが腹から口へ抜ける嫌な音、ぷすりぷすり、無念そうな悲しい音色に記者たちは一層顔を逸らす。


 彼は動けなかった。

 思いの外近く、月は朝のように、夕方のように道の先の地平線から顔を出している。


 電気グリルの鉄板に座り、彼はずっとそこに居続けた。

 記者が去っても、白い車が来ても、赤い車が去っても。


 彼には自負があった。

 口約束であろうと守る自負があった。


 彼は朽ちかけた鉄板の上に座り、数えきれない太陽を見た。

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