第13話 父親
結局、帰るところは一つしかない。帰ってきたリクは、元の姿に戻っていた。先ほどとは別の生き物のように、愛くるしく尻尾をふるその生き物を抱え、私は家路に着く。頭の中にはずっと、バケくんに言われた言葉が響いていた。
私が、惜しくなったって。
そもそも、一緒に行くって、どこへだろう。バケくんはこの森から、あの鎖からは逃れられないはずで、だから…森で一緒に、暮らそうということだろうか。脳裏に一瞬、シクラの顔が浮かぶ。山へ行くか。あのお屋敷に留まるか。どちらが良いか、と聞かれれば……まだ、わからない。
けれど、より首都へ近づけるのは。
陽が落ちて、お屋敷は不気味なくらいに静かだった。何か、様子がおかしい。訝しんでいると、通りがかったお手伝いさんの一人が、私の顔を見ると血相を変える。
「あっお嬢様…!」
「…何かあったの?」
「それが…急遽、旦那様がお戻りになって」
「お父様が…?」
「お嬢様を探しておいでです。どうぞいますぐ……その前に、お召し物を変えましょう。こちらへ」
あまりにも泥だらけだったからだろう。お手伝いさんは私の頭上から足元までを一瞥すると、腕を引いて浴場まで連れていく。お父様が、帰ってきた。首都でお仕事をしていて、滅多なことでは帰ってこない、あのお父様が。顔を合わせるのは何年ぶりだろう。というか──なぜ、いま?
言葉に衝撃を受けている間、身支度は着実に進んでいって、気がつけば私は、通されたお父様の部屋で一人、座っていた。後ろに控えているお手伝いさんの呼吸も、風の音すら聞こえない静寂で、古い時計の秒針が動く音だけが、やたら大きく聞こえる。やがて、大きく木の軋む音と、ゆったりとした歩幅が近づいてきたかと思えば、襖が静かに開かれた。
「…お父様」
数年前より、痩せたのではないだろうか。久しぶりに見る姿はどこか、覇気がない。何か労いの言葉を、と続けようとして、それより前に、お父様の声に遮られた。
「お前の縁談が決まった」
「…縁談?」
「相手は隣街の権力者だ。繋がりを持っておいて損はない」
「…で、ですが、私はまだ」
「ああ、わかっている。お前はまだ子が産める身体ではない。だから時が来るまで、あちらの屋敷で面倒を見てもらえ」
何を言われているかわからなかった。夢とも現実とも判断できない心地で、私はただ、目の前に立つ人を見つめている。この人は、本当にお父様だろうか?
「話は終わりだ。おい、女中」
「っ、は、はい」
「この子供が逃げ出さないよう、蔵へ閉じ込めておけ」
「は…」
頷こうとして、その姿勢のまま固まる。先ほどの私みたいに、何を言われたのかわからなかったのだろう。何人かのお手伝いさんを引き連れ、退出しようとしたお父様の背を追い、声をかける。
「お父様、私は」
「拒否権はない。何の才能もなく、家に利益をもたらさないお前をここまで育ててやったんだ。それ以上何を望むことがある」
「それは…」
なにも、言えない。だってすべて、事実だ。すべては私が何もできないから。才能がないから。役に立たないから。もしも私が、お兄様のようにいろいろな術を使いこなせていたら、こんなことにはなっていなかったはずだ。
言葉を失った私を振り返ることもせず、お父様は続ける。
「──忌み名の子。せめてその身体で恩を果たせ」
それを最後に、お父様は今度こそその場を立ち去った。後には俯く私と、困惑するお手伝いさんだけが残されていた。
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