後編 遥花、なっちゃんって呼んでよ
村人も入ってこない山奥を終わりの住みかとするのもいいかも、遥花を探しながら見てみるかと翼をはためかせ、山の上空から見渡す。
(人が開拓してないからどこ見ても森ばっかり、いつもの景色だね)
ふと、こんもりとした木々の間に違和感を感じる。目を細めると、入口周りを蔦が覆いかぶさっている、大きな洞窟があった。何かに導かれるように竜の身体が動き出す。
バサバサと翼をたたんで着陸。腰まで生い茂った雑草を踏みしめて、入口の蔦を爪で切り払う。穴の中に入っていくと、道幅が広く、私のドラゴンの身体でも悠々と進むことができる。陽の光も届かない暗い洞窟の中、大きな物が横たわっているのが見えた。地面にうずくまりながら、竜が倒れている。
(足にキズがある。動けなくて、そのまま死んじゃったのか)
異世界に来ると生き物の生き死になんて、それこそ毎日普通にある。自然の摂理とは言っても、私がこれから自我を手放して人にやられることを考えたら、この竜の結末とあながち無関係ではいられない。
(ん……?)
亡くなっている竜の他に、鼻にかすかに甘い香りを感じる。誘われるように辿ると、岩場の隙間に小さな何かが一つ、隠されるように置かれていた。
それが卵だと認識した瞬間、全身の肌が粟立った。心臓が締め付けられるように痛く、血管中の血が沸くのを感じる。
これがつがいの感覚、間違いない遥花だ。
(やっと……見つけたんだ。……でも)
卵の中の反応は微弱過ぎて、すぐにでも生を手放してしまうのではないかと思うくらい、あまりにも命の灯火は短くなっていた。遥花を、つがいを守らなければ、という焦る気持ちだけが私を急かす。
卵を岩の隙間から慎重に出し、なるべく土が柔らかくて、平たい所に置いた。卵の傍に寄り、身体を伏せて、丸まりながら目を閉じる。全身から生命力を少しずつ、少しずつ、注ぎ込んだ。
「必ず、助ける。助けるから、遥花、頑張って。私を残していかないで」
飲まず、食わず力を分け与え続けることに専念して数日。目を開けると、卵が動いている。思わず触りたくなるが、我慢をして自分の気持ちを押し留める。
さらに数週間後、小鳥のような声が聞こえて目覚めると卵の殻を破って、小さな青の瞳がこちらを見ていた。目が合うとヒナは口をつぐみ、私達は見つめ会ったまま時間が止まる。
ヒナに昔の遥花を重ねてみても、声も、匂いも、もちろん顔も違う。だが、私の中にいる竜の存在は
「あの子だ。お前のつがいだ、離すな」
「叫べ、歓喜しろ。山奥の洞窟から世界の隅々の者達に。ここに私のつがいが居ると知らせろ」
この子は遥花で、つがいだと伝えてくる。
喉に、肺に、空気を吸い込んで泣くように、長く轟く咆哮を放つ。
私の雄叫びに、驚き転がり出る白い竜。透き通るように輝く純白の鱗。遥花らしい優しい心の色。私の禍々しい黒さとは大違いだ。物語に出てくる正義の竜みたいで、勇者もこの子を討とうとは思わないだろう。むしろ、ラスボスの風体をしている私がやられる側だ。
遥花についている殻を、舌でそっと舐め取りながら、強く誓う。この子は私が必ず守る。もう二度と離ればなれにならないように。
小竜になった遥花は私の尻尾を遊び道具にして、猫のようにじゃれていた。伸びてきた柔らかい爪が私の硬いウロコで傷つかないようにと注意しながら、あやしている。
私達ドラゴンは、母竜からお腹の中で記憶を代々、受け継ぐ。私もそうだったから、今まで一人でも生きてこれた。
遥花は私と違って、竜の記憶のかわりに、人だった頃の記憶を失くし、小首をかしげながら私の事を「お母さん」と呼ぶ。
「違うの。私は、なつ。なっちゃんだよ。昔みたいに呼んでよ、遥花」
言い聞かせても呼んでくれない。もう、思い出さないかも。そんな不安がじわじわと溢れ出す。魂が遥花なのは分かっている。でも記憶も、と欲しがる私は欲張りなんだろうか。
――――
たくさんの流星群が見られる日の夜。遥花が好きな星がたくさん見える丘の上で、輝く星々が私達を照らしている。ここで私と遥花は、流れ星がふってくるのを待っていた。
「遥花。星、きれいだね……」
さあっと細く長く星が流れる。願い事を言わないと。私のではなく、あなたのために祈りたい。夜空を見上げていた視線を下げ、腕の中の遥花に話かける。
「遥花、分からないことばかり言って、ごめんね。そのままでいいから、これからも元気で生きて」
私の言葉を黙って聞いていた遥花は、空に向かって、白く小さな手をかざす。
「なっちゃん、約束守ってくれたんだ。ありがとう」
様子が違う彼女に期待と不安が顔をだす。
「遥花……なっちゃん……って?」
と声をかけると、涙に濡れた瞳を私に向けた。
「……なっちゃん……
私の口は、はくはくとは動くが、言葉が出てこなかった。何とか声を絞り出す。
「遥花……記憶が戻ったの?」
「うん、ごめんね。私、奈津に迷惑かけてたんだね」
遥花の身体は震え、折れてしまいそうで、静かに優しく抱きしめる。
「そんなことない、迷惑だなんて私、思ってないよ」
今、遥花に伝えないと、どこかへ行ってしまうんじゃないかという想いが、私の背中を押す。
「私ね、遥花のこと好きなんだ」
「事故の時のこと、遥花だけでも助けることができたのにしなかった。あなたを私だけのものにしたかった。ごめん」
私の言葉に遥花は頭を横に振った。
「私も奈津が好きだよ。私の手を握って、どこにだって連れて行ってくれる。あなたのことがずっと前から大好き。」
小さな指で私の大きく硬い手を撫でる。
「……話したかったことがあるの。本当はね、車が来てて危ないのは分かってた。けど逃げようとは思わなかったの」
「奈津が男の先輩と笑いながら話をしているのを見て、嫌だったし、辛かった。奈津が好きって、自分の気持ちに気づいたんだ。親友の女の子を好きになった、こんな想いを伝えちゃいけないって思ってた」
「この気持ちと一緒に私、消えようとしていたんだ」
私の人差し指を、撫でてた手で被せるように握り、言いづらそうに青い瞳を伏せる。
「でも、奈津は絶対私を助けてくれるとは思ってた。だから、自分に賭けをしたの。先輩じゃなくて私を最後に選んでくれるって」
「賭けなんてしなくても、他の何より遥花を選ぶし、そばにいるのは当たり前だから」
それに、と私は続けた。
「先輩のことだって、何とも思ってない」
「楽しそうだったじゃん」
最初、私を睨むように見たけど、怒り慣れていないからか、次第に困った顔に変わってしまう。そんな遥花も可愛いと思う。前の人生を含めても遥花からこんな表情を向けられたのは、初めてだった。
意見が違っても、いつも遥花が私に合わせてくれてたし、まさか、口喧嘩みたいなことを異世界ですることになるなんて、前の私に言っても信じないだろう。
「そっか。私達、両思いだったんだね」
遥花を腕の中に包み込むように抱きしめる。小さい口にそっとキスを落とした。
「今の遥花は、ちっちゃくて可愛い」
「もう、奈津のほうがもっと可愛いからね」
拗ねていた遥花が仕方なさそうに「なっちゃんは本当、しょうがないなー」と優しく私に微笑む。そういうところがたまらなく愛しかった。
「ね、奈津。大好きだよ。ずっとそばにいて」
「うん、そばにいるよ。遥花、私達はずっと一緒」
長い旅路の後で再会を果たした二匹の竜は、生涯を終えて、魂となってからも永遠に寄り添い続けた。
女子高生、邪竜に転生されちゃいました。 猫の流し目 @memui
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