女子高生、邪竜に転生されちゃいました。

猫の流し目

前編 約束のプラネタリウム

暑い夏の日のお昼過ぎ、学校からの帰り道に私と遥花はるかは二人で手を繋いで歩いていた。


「今日は授業が早く終わったし、駅前のカフェに行こうよ」 

「いいよー」

 私の言葉に、頭ひとつ分身長が高い遥花が、軽く頷いて肯定する。次の日曜日、遊びに行く約束をしていたから、カフェでその話をしようとしていた。


 歩行者側の信号機が赤から青に変わり、歩き出そうとしたら、私のスマホが鳴ったのに気付いて、バックに視線を向ける。


「なっちゃーん、はやくー」


 さっきまで隣にいた遥花が、いつの間にか横断歩道の真ん中から手を降って、急かすように私を呼んでいた。慌てて、駆け出そうとしたら、左から通行人の悲鳴が上がる。


 運転手は見てないのか、信号を無視し、トラックが迫ってくるのが見えた。私は、持っていたスマホを落とし、声を上げる。


「遥花!逃げて!」


 遥花は足が固まったように、一歩も動けないでいた。走りながら手を伸ばして、遥花の元に向かう。


 全てがスローモーションの中、立ちすくんで逃げられない彼女を突き飛ばすことができたはず。でも、私の取った行動は、守るように抱きしめて、いくならせめて一緒に、と願うことだった。


 大好きなあなたに恋をしていた。穏やかで綺麗な遥花を独り占めにしたいと願ってた欲深い私に、神さまは罪を償わせるための罰を下したんだろう。


――――




 暑い日差しの中、夢見の悪さと、寝苦しさで目を開ける。いつの間にか太陽はすっかり登っていて、ジリジリと身体を焼いていた。


 ぐわっ、と口を開けて欠伸を一つし、眠気を払う。地面に手をつき身体を揺すると、横からバタバタと鳥達が飛び立った。あんまり動かないものだから、私の身体から伸びる影を、岩の小陰と間違えてたんだろう。飛び立つ鳥の群れを軽く睨んで、鼻でフンッと息を吐く。


「結構傷つくんだよね。これでも女の子なんだから、一応。……今はメスだけど」


 いちいち気にしてらんないし、太陽で熱せられた身体を冷やす為、プライベートビーチという名の目の前に広がる湖に意識を向ける。


 小石が多い砂浜をとことこと歩いて近寄り、キラキラ光る水面に姿を映す。今はもう見慣れてるし、自分はどうなっているか頭では分かってるけど、女の子らしからぬ姿に思わず目を細めてしまう。


 全身の色は黒く、大きな身体。重い体重を支える筋肉の付いた翼。金色に輝く角はナイフみたいに尖ってて、ついでに笑うとキバがキラリと光る。前の私がこいつに出会ったら、「人生終わった」と思うだろう。人が死ぬのは、トラック事故もドラゴンに食べられるのも、そう変わらない。


 起きたら元に戻っててほしいとは何回も寝る前に祈ってたけど、この分だと無理みたいだ。私が男の子だったら、この姿は格好良いって喜ぶところなんだろうけど。人間の言葉は話せなくなってるし、彼女を見つけても、私だって気づかれないかもしれない。


 私は、神さまに相当嫌われている。


 顔を洗うついでに、悪いことばかり考える頭ごと身体を冷やそうと、乙女心的には足からちゃぷんっと……もういいや、お腹からダイブし、ザブンッと波を立てて入水。暑い太陽の下の水の冷たさに、少し気分が上がる。


「裸で泳いでたって、誰にも言われないし。この爽快感はなってみないと分からないね」


 湖は透明度が高く、たくさんの魚が泳いでいて、そこにある石までよく見える。揺れる水上から長い首を伸ばすと、右のほうで巨大な湖のヌシであろう、脂がのってそうなお魚が水中を優雅に進んでいた。


(決めた。朝ご飯の献立は、焼き魚にしよう)


 水族館に泳いでいる魚を鑑賞した後でも、私は美味しくお寿司を食べられるタイプだ。テレビでも、旬のモノは旬のうちに頂くのが、一番美味しいって言ってるからね。


 自慢のキバで仕留めたヌシを持って、ルンルン気分で陸に上がり、羽を振って水滴を飛ばす。完全に乾かなくても、残った水分は料理をしてるうちに蒸発するから問題ない。


 地面に置いた魚に向かって、火力を弱めたファイヤーブレスを放つ。これ、料理か?まあ、気付かないほうが良いこともあるよ、うん。


 黒焦げとは言わないが、良く言えばこんがりと香ばしく焼けた、ご飯とお味噌汁抜き、焼き魚定食。お母さんが焦げた皮は食べちゃ駄目だと言っていたから爪でちょいちょいと外して……。


 あらわれた白い身が、ふっくらジューシーで美味しそう。前足を合わせて「いただきます!」かぶりつくと舌の上で脂がじゅわっと溢れ出し、あごを垂れていく。もったいない。ぺろっと舐めるとそのまま骨までくらい尽くす。カルシウム大事だからね。この身体になって良かったことは、野菜を食べなくても、平気になったことくらいか。


 一人暮らしをしていると独り言が増える。とは言うけれど、一人きりになって自分自身に会話をしていると、世界から私だけ取り残されたみたい。


 前はいつも隣に遥花が居てくれて、ワガママばかり言って困らせてた。すらっと身長の高い彼女は、私の黒い髪を撫でて、よく言っていた。


「なっちゃんは、ちっちゃくて可愛いね」


 私にとっては褒め言葉ではなかったけれど、優しく微笑んでいる彼女を見てると、こっちもしょうがないなって笑顔になってしまう。



 黒いドラゴンに転生して、人から邪竜と呼ばれ、勇者と名乗るイケメンに討伐されそうになりながらも、私はつがいの遥花を探すため、旅をしていた。


 ドラゴンには、つがいと呼ばれる、自分の魂の片割れ、運命の相手を求める本能がある。


 一緒にこの世界に来たならいるはず。私のつがいは遥花しかありえない。同じドラゴンになっていたなら、私以外の違うものがあの子のつがいになるのも許せない。


 異世界に来て、この姿になっても私の独占欲は変わらない。むしろ竜の欲望がプラスされた分、余計タチが悪いものになっていた。


 この世界で産まれていないのか、出会っていないだけなのか、いまだにあの子の感覚がない。

直感的なもの、甘い香りがする、繋がっているからわかる。そう同族の竜が偉そうに語っていた。いらっとしたから、クールぶってるあいつの、若い頃のヤンチャ、「マグマに入るか入らないかのチキンレース」、「72時間耐久飛行」、他にもある参加した自分でもちょっとどうかなと思う話を、奥さんに話してやった。


 遥花が見つからなくて、心が折れそうになっていた私に挑発、ケンカという名の励ましだったのは理解している。


 だけど、100年、1000年、遥花を探しても見つからず、気が狂いそうに、自分自身を見失いそうになっていた。前の人生の思い出が段々とおぼろげになっていく。


 私達は約束を交わしていて、もうすぐ遥花の誕生日だった。


「遥花、星好き……だよね?日曜日さ、プラネタリウム見に行こっか」

「えっ。連れてってくれるの?嬉しいっ。ありがとう、なっちゃん!」

 私の背中にふわっとした重みが乗る。


 繋いだ手の柔らかさ、遥花が私の背中におぶさった時のボディソープの香り、私を呼ぶ優しい声、可愛い表情、二人の思い出の形が失われていく恐怖。


 彼女が私の中から完全にいなくなるくらいならば、理性を失くし、そのまま竜の本能に身を任せようか、とも考え始めていた。

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