最終回 学校にはちゃんと行きました
「お、オレでよきゃキスくらい……。いくらでも付き合ってやるって言ってんだよ」
アタシを壁へ押しつけて、山田はそんなとち狂ったことを言い出した。あまりに衝撃的な発言に、アタシは不覚にもドキッとしてしまった。
「は、はあ⁉ 何言ってんの⁉」
「そ、そんな怒んなくていいだろ⁉」
怒ってるのかアタシは? 顔が熱いからそう見えたのか? たぶん怒ってるのとは違うんだけど……。そう言われるとなんかほんとに怒ってきちゃうよね、へへ。
「すっ、する訳ないでしょ~っ⁉ この自意識過剰男! ていうかいつまで中腰でいんのよ!」
「う……」
もーっ、また思ってもないこと言っちゃうし~っ! アタシってなんでいっつもこうなの~? 山田は勇気出して言ってくれたんじゃんか!
せっかくの優しい気遣いを、バカなアタシは無下にしてしまった。シュンとなって壁から離れる山田。いつの間にか前かがみじゃなくなっている。腰の痛み(?)がどっか行くほどショックだったらしい。
そんな捨て犬のような山田に、アタシは更なる追い打ちをかけてしまう。アタシってやつは、どうして素直になれないんだろう。
「なにしょぼくれてんのよ。アタシに断られたところで痛くもかゆくもないでしょ?」
「勝手に決めつけんなよ……。オレだってへこむことくらいあるっつーの」
そ、そんな悲しそうな顔しないでよ……。ちょっと言い過ぎちゃったかな。ごめんね? なんでこんなアタシとつるんでくれるんだろう……。
「そんなキス練したいんだったら、アタシ以外の子とすればいいのに」
「は? 嫌だよ」
「そうなの? なんで?」
「な、なんでって……。むにょむにょ」
柄にもなくむにょむにょ言い出す。アタシは山田に堂々としていてほしかった。
「はっきりしないなあ。そんなんじゃキスどころか、デートだって夢のまた夢だよ?」
「う……。だよな……」
ますます落ち込んでしまった。あ、あれ? 発奮すると思ったのに。アタシに断られたの、そんなにショックだったのかな。
「しょーがないなあ。デートもできないままじゃかわいそうだから……」
「?」
ん? 何言おうとしてるんだアタシ? なんかこの流れ、おかしくない? 表層心理はやかましくそんなことを言っていたが、アタシの深層心理は――本当の気持ちは違ったようだ。
ほんとにバカだよね、アタシって。なんでこんなに気づくの遅いんだろ。小さい頃からずっと一緒にいたのに、今更になって気づくなんて……。素直になれないにも程があるよ。
……こんなアタシでも、自分の
アタシは、山田のことが好きだった。
「あ、アタシが……。で、デートの練習、してあげてもいいわよ……」
ファーwww。言ってしまったwww。な、なんかもう笑えてくるんですけど。アタシがデートのお誘いとか! しかも超上から目線なんですけど!
羞恥と興奮と緊張と爆笑で、アタシの顔面はもうめちゃくちゃだった。うう、もうお嫁に行けない……。顔を隠した両手の隙間から、チラッと山田を確認する。ヤツは奇妙なうめき声を漏らしていた。
「ぐっ……」
案の定
「な、何よ! なに胸押さえてんの? もうおっぱいないわよ」
「ち、ちげえよ! これは……。そう! 中で下着が変な風になってんだよ!」
そういえば、こいつは今アタシのブラジャーをつけているのだった。
「あ、それ返しなさいよ! もう必要ないじゃない!」
アタシは学ランを脱がそうと山田に密着した。もうっ、アタシだって着替えたいのに。まだお父さんのブカブカシャツなんだから。首回りがダルンダルンだよ。
「ば、バカお前、その格好で引っつくな! この角度からだと……!」
角度? 身長差があるから、山田はアタシを見下ろす立ち位置になる。アタシの顔(よりもちょっと下?)を見た山田は、慌てて顔をそむけた。
「じ、自分で脱ぐからちょっと離れてくれ! でないとまた……」
また股間を隠すように押さえて前かがみになってしまった。なんで? アタシ何かやっちゃいましたか? ていうかそんなことはどうでもよくて。
「で? 結局デートの練習はどうなったのよ」
顔面崩壊してまで伝えたんだから、せめて答えくらい聞かなければ。山田は中腰のままで小さく口を開いた。
「……嫌だ」
「!」
……そう、だよね。こんな首元ダルダル女に誘われたところで、迷惑でしかないよね。やっぱ変なこと言うんじゃなかった。嫌な思いさせちゃったな、謝んなきゃ。
アタシが言い出すより先に、しかし山田は続けた。まだ続きがあったか。耐えられるかな、アタシ。
「練習じゃ、嫌だ……」
「ほ?」
な、何? どういうこと? 難しくてよくわかんないよ。戸惑うアタシを見て、山田は少し申し訳なさそうな顔になった。
「わりぃな、わがまま言って。こんなこと言われても困るよな」
何かを固く決意したように頷くと、真剣な目でアタシを見つめた。
「でもオレは……。お前とちゃんとデートしたいって……。そう思ってる」
バカなアタシにもわかる言葉で、彼ははっきりと伝えた。
「――お前のことが、好きだ!」
「!」
そう言われた瞬間、全身が震えるようにビリビリした。まるで雷に打たれたようだ。
どれくらい時間が経ったのかもわからない。実際には数秒だったのかもしれない。いくらかの間の後、山田は気恥ずかしそうに頬をかいた。
「……えと、それじゃダメか?」
真剣な顔も照れくさそうな顔も、山田のすべてが愛おしく感じられた。感極まったアタシは、思わず彼の名を口にした。
「や、山田……」
「だから山田じゃねえよ」
あ、そうだった。偽名だったね、失敬失敬。うっかりミスをかましたアタシを見て、山田は
「気に入ったのか? それ」
アタシの大好きな顔だった。もう胸の高鳴りを抑え切れそうにない。アタシは無邪気なワンコロのように彼に飛びついた。
「うん。大好き!」
山田といるとドキドキしっぱなしだ。心臓が心配になってくる。アタシは決心した。一日でも長く彼と一緒にいられるよう、野菜をモリモリ食べようと。
― おわり ―
朝起きたら男になってたんだが? しかも幼馴染のアイツは女になってたって? 十文字ナナメ @jumonji_naname
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます