第12話 するのかい しないのかい どっちなんだい⁉

 幼馴染からの予期せぬ告白に、アタシは耳を疑った。まさかのキスしたい発言。思わず腰を抜かしてしまった。元から座ってたけど。


「どっ、どどどういうことなの⁉ どういう風の吹き回し⁉」

 アタシの動揺があまりにも激しかったため、山田はアタシの頭から手を引っ込めた。


「な、何だよ。お前がするっつったんだろ」

「そ、そうだけど」

「嫌ならやめるか」

「嫌なんて言ってないでしょバカっ!」

「どっちだよ! ああもう――」

 山田はアタシの肩をグイッと抱いた。まっすぐこっちを見つめていた。


「!」

「じれってえ。その気にさせといてビビってんじゃねえよ」

「べ、別にビビッてなんか」

「ならいいな。よし……」

 え? え? ほ、ほんとにするの? 顔近いんですけど。顔近いんですけど!


「暴れんな。じっとしてろ」

「う、うん……」

 山田の顔がどんどん迫ってくる。ほんとにしちゃうんだ……。アタシは覚悟を決めてその時を待った。


「……」

「……」

 あ、あれ? 止まっちゃったぞ? アタシが不思議がっていると、山田はためらいがちに口を開いた。


「な、なあ……。キスって、どうやんの?」

「はい?」

「だ、だから……。キスのやり方、分かんねえ……」

 ときめきを返せと言いたかった。残念過ぎる彼の発言に、アタシは驚きあきれた。


「は、はあ⁉ わかんねえって、何よそれ~っ⁉」

「う……。し、仕方ねえだろ、こんなん初めてすんだし」

「高2にもなってキスしたことないの⁉」

「ね、ねえよ! 悪かったな!」

 こいつマジか。彼女いないのは知ってたけど、まさかちゅーもまだだったとは。割と告白とかされてるみたいだから、てっきりもうしたことあるのかと……。


「ダッサー! ちょーウケるんですけど~!」

「なに笑ってんだお前! にやけてんじゃねえよ!」

 え~? そんな変な顔してたかな? おかしいなあ、人の不幸笑うほど落ちちゃいないはずだったが。


「でもさあ、プッ! そうかそうか、いや意外だなって思ってさあ」

「人のこと笑ってるけどな、そういうお前はどうなんだよ。したことあんのかよ」

「……」

 特大ブーメランが突き刺さった。17歳彼氏なし。いない歴 = 年齢。キスどころか手をつないだことすらなかった。


「え? ず、図星だったか? いや、なんかわりぃ」

「ちょ、謝んな! 余計みじめになるでしょーが!」

「すまん。あ、いやすまん」

 結局お互い初挑戦。アタシは漫画か何かで見たうろ覚えの知識を指南した。


「た、たぶん、目閉じてするんだよ」

「でも、それだと口が分かんなくねえか?」

「そうならないように、女の子の顎とかクイッと持ってあげるの。女の子って紛らわしいな、ここではアタシがされる方ね」

 だいたいそんな感じだよね? 異論は認めませんよ、アタシだって一杯いっぱいなのです。


 山田はシミュレーションを終えると真剣な顔でうなずいた。そんな顔をされると、思わずドキッとしてしまうじゃないか。持病の不整脈が……。しばらくは野菜生活じゃー。


「よし……。じゃあ今度こそ行くぞ」

 改めて顔を近づけた。アタシの顎にそっと片手を添える。


「!」

 あわわ……。こ、これ実際やられるとめっちゃ恥ずいよ。か、顔が逃げられない! 山田の瞳に吸い込まれてしまう。


 あ、山田も顔赤いな……。ちょっとくらいは、ドキドキしてくれてるのかな。もしそうなら、なんか面白いな。アタシはもう爆発しそうだよ。顔どころか全身が熱くなってくる。


「……」

 山田の手、ちょっと震えてる? 山田も緊張してるのかな。こんな顔初めて見た。あ、表情って意味ね? いい加減ややこしいねこれ。


「目、閉じろ」

「うん……」

 言われるがままに目を閉じた。ふおー。余計に緊張してくる。後は山田のアタックを待つのみなのだが……。そこまで耐えられるだろうか。


「……」

 ……アタシ、鼻息荒くないかな。鼻血の跡とかついてない? ただでさえフツメンなのに、笑われたらどうしよう。めちゃくちゃ不安になってきた。


 山田の息づかいを感じた。すぐそこまで来ているようだ。や、山田も目閉じてるよね? アイツに限ってそんなことないと思うけど、もしかして薄目開けて笑ってたりする?


 ぐああ~っ! 鼻血の後顔くらい洗っとけばよかった~っ! でもこんなことになると思わなかったんだもん! ど、どうしよう。絶対笑われてる気がする!


「……」

 ちょ、ちょっと目開けて確認してみようか。これは裏切りではない。確認したらすぐ閉じるから。でなきゃ無理。鼻血が気になってファーストキスどころじゃないよ!


 ご、ごめんね山田。アタシは心の中で謝ると、そーっと薄目を開けてみた。山田も目を閉じていてくれれば、それでいいのだが。果たして……。


 ……お? なんだ、ちゃんと目閉じてるよ。よかったよかった。これで鼻血ついてても安心。アタシはひとまずホッとしたが、何かがおかしいのに気づいた。


「ん?」

 あ、あれ? そんなはずは……。山田が元の姿に戻ったように見えたよ。


 もーっ、そんな訳ないでしょー? これから美少女とイチャイチャパラダイスだというのに。アタシはゴシゴシと目を擦ってから、改めて目の前の顔を見た。


「……」

 どう見ても男に戻っていた。


 既視感バリバリ伝説。毎度おなじみ幼馴染の顔面が、すぐそこまで迫っていた。


「あ……。ああ……」

 かわい子ちゃんとちゅーできると思ったのに……。アタシのショックは並大抵ではなかった。パニックに陥ったアタシは、気づいたら右手を振り上げていた。あ、グーではないですよ?


 ぺちーん!


「ぶへえっ⁉」

 突然のビンタを食らって男の声を上げる山田。戻ったけど『山田』でいいやもう。あの鈴を転がすような愛らしい声は二度と聞けないのだと思うと、ふつふつと怒りがこみ上げてきた。


「ちょ、ちょっと! なに男に戻ってんのよ!」

 おん? 今のアタシの声、低くなかったぞ? 喉仏のどぼとけがあるかどうか確認してみる。アタシが自分の首を触るのと、山田がこっちを見るのはほぼ同時だった。


「いってーな! いきなり何すん……!」

 ほら! やっぱり喉仏ないよ! 驚いたのは山田も同じようだった。


「あ、あれ? お前、いつの間に戻ってんじゃねえか!」

 すぐに自分の声にも気づく。


「おわ! オレもだ!」

 アホみたいに顔をぺちぺちと触っていた。アタシは山田そっちのけで鏡の前へ移動した。


「ほ、ほんとに戻ってる……」

 ブカブカの男物を着た女子高生がそこにはいた。見慣れた長さの髪を思わず触る。


「よ、よかった~。一生おじさんコースかと……」

「おいどうなってんだ? なんでオレたち戻れたんだ?」

 振り返って山田に向き直る。


「さあ。知らないけど、でも別にいいじゃん?」

 やっぱりこいつは、この顔が一番似合ってるな。ヤツは突然の出来事にしばし茫然としていたが、アタシの能天気な言葉を聞いてあきれたように笑った。


「……それもそうだな。オレもそう思う」

 結局美少女ちゅーはおあずけになってしまったが、王子様とのキス(未遂)により、アタシはおじさん魔法から解放された。

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