第11話 カリ城が約半世紀前の作品ってマ?

「……き、キスの練習、してみる?」

 山田の唇に目がくらんだアタシは、気づくとそんなことを言っていた。欲にまみれたこの提案が余程お気に召さなかったのか、山田は顔を真っ赤にしてかわいい声を張り上げた。


「な、何言ってんだお前⁉ キ……! す、する訳ねえだろ!」

「でもその体のままだったら、いつかは男の人としなきゃかもでしょ?」

 そんなことになったら、その人に山田の唇を奪われてしまう。


「だったらその人より先にペロペロしたい。じゃなかった、事情を知ってる者同士で練習しとこうよ」

「な、なんか変な言葉が聞こえた気が」

「気のせいだよ。お互い体違うんだし、これはノーカンみたいなものだよ。深く考えなくていいのです」

「だからってなあ……」

 根が真面目な山田は、すぐには首を縦に振らなかった。そうだよなあ。アタシは美少女とちゅーできるけど、こいつはフツメンとするってことだもんなあ。


「や、やっぱりダメだよね……。アタシなんかじゃ」

「お、お前は悪くねえよ!」

「え?」

「あ、いや……。お前はいいの? 相手がオレでも」

 へ、変な言い方するなっての! 勘違いしないでよね! あくまで金髪ガールに恋しちゃっただけなんだからねっ!


 あ、あれ? でもアタシ、女の子のこと好きとかはなかったはずだけど……。おかしいなあ、山田といると気が変になるよ。


 そ、それだけ魅力的な女の子ってことだよね! その気じゃなかったアタシをそうさせてしまうという。山田、おそろしい子……! って白目むいてる場合じゃないよ。


「あ、アタシはアンタと……。し、したいんだっての!」

 ギャーッ! 何言ってんだアタシ! こいつとじゃなくて山田とだろ~っ⁉ 錯乱して色々ごっちゃになってしまった。絶対引かれてるよ。


「う、うそうそピョーン! 今のなし! なんか頭ヘンになった。忘れろ忘れろ忘れろビーム!」

 超高校級の風紀委員のような振り付けでビームを放ったが、山田は心ここにあらずな様子だった。なんだかそわそわしている風だった。


 そ、そんなにやだった? アタシとキスするの。どう断ろうか考えでもしているのだろう。ずいぶん必死に考えるものだな、こちらをチラチラと覗いては、白い頬を朱に染めて思い悩んでいた。


「あ、あの、山田さん? 忘れろと申し上げたのですけれど……。聞こえてらっしゃいます?」

 仮名で呼んでもツッコまれない。相当なダメージを受けているようだ。


 うう、なんであんなこと言っちゃったんだよアタシ。完全に嫌われた……。どうしよう、絶交されちゃうかもしれない。だってそうだよね、ただの幼馴染としか思ってなかったやつが、急にキスしたいとか言ってきたらさ。


「うう~っ……」

 あ、ヤバい泣いちゃう。混乱させたうえ勝手に泣き出すとか最悪だなアタシ。もう昔みたいに助けてもらえないんだろうな。面倒見のいいアイツでも、さすがに愛想が尽きたでしょ。


 あーあ、結局ブサイクおじさん孤独死コースかあ。アタシには似合いの人生だよ。いっつも悪ノリばっかりしちゃって、そのたびにアイツはやれやれ顔で許してくれたけど、でもそれももう終わり。こんなバカなアタシに、付き合ってくれる人なんていないんだ。


 最後に山田の顔を盗み見た。激マブ。この天使のような顔も、これで見納めなんだね。最後にいいもの見れたよ。こんな美少女、この先のおじさん人生じゃお目にかかれないもんね。


「……」

 おじさん、か。せっかく男になったんなら、こんな子とデートしてみたかったなあ。服も学ランじゃなくてさ、フリフリのドレスみたいなの着せるの。うへへ、楽しいぞぉ~……。


「うっ、ぐずっ」

 ヤベ、ほんとに泣けてきた。せめて山田に見られまいと背中を向ける。おじさんの涙とか誰得でもないよ、まだ高校生だけどさ。


「!」

 小刻みに震えるアタシの肩に、小さな手がそっと触れた。急いで涙をぬぐって振り返ると、山田が心配そうな顔で覗き込んでいた。


「大丈夫か? まだどっか痛いのか?」

「別に……。そっちは? まだ先っちょ痛い?」

「ああ胸か。おかげさまでもう平気だ。ちょっときついけど」

「そう……。じゃあもう帰りなよ」

「え?」

 本当は別れたくなかったが、アタシはそう言うしかなかった。花嫁衣装のお姫様をさとす泥棒三世のように、山田の肩を両手で抱いた。肩幅も小さくて超かわいい。


「お前さんの人生はこれから始まるんだぜ? おれのようにうす汚れちゃいけないんだよ」

 肩を抱かれて、山田はポッと顔を赤らめた。ごめんねおびえさせちゃって。もうちょっとで終わるからね。


「あ、そうだ。また乳首が痛くなったらね、いつでも言いな。おじさんは地球の裏側からだってす~ぐ飛んできてやるからな!」

 これでいい。この子にとって、アタシはただのブラジャー指導おじさん。それで十分じゃないか。分不相応は望みは捨てて、さっさとおさらばしよう。


「山田、達者でな。さいなら~っ!」

 本当ならこのタイミングでフィアットが来る手はずになっているのだが、あいにくここはアタシの部屋。肩から手を離しただけで何も変わらない。超気まずかった。


「え、えーっと……。そういう訳なので、お引き取り願います……」

 頭を下げて懇願こんがんする。めちゃくちゃ情けなかった。正座の体勢でそうしていると、アタシの頭の上にポンと手が置かれた。


「ちょっと落ち着けよ。何だよおじさんとか、意味分かんねえ」

 そりゃあアンタみたいな美少女にはわからんでしょうよ。そう思ってツーンと顔を上げずにいたら、山田はとんでもないことを言ってきた。


「よし。するか」

「え?」

 思わず顔を上げてしまう。言われたことがわからず訊き返した。


「い、いま何て?」

「だ、だから……」

 アタシに見つめられた山田は照れくさそうに目をそらしたが、最後には目を見てはっきりと伝えた。


「――お前と、キスしたい」

 アタシは心を盗まれたような思いがした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る