第10話 キスの名は。

 幼馴染の彼は、山田の体になっても彼女に興奮することはなかった。お互いクッションに腰を下ろすと、学ラン少女の姿で答えた。


「ただ性別が逆になっただけなんだぞ? オレたちの体が入れ替わった訳じゃないんだ」

 あくまでそれぞれ性別逆転しただけ。『君の名は。』パターンじゃないってことね。それはわかるけど。


「おん? なんで今入れ替わりとかの話が出てくるの?」

 山田ボディに興味があるかどうかの話をしているのだ。入れ替わりの話はしていない。


 もし入れ替わりパターンだったら、アタシとってことになるよね。山田は明らかにアタシではない。美少女の山田で興奮しない彼が、アタシに興味を示すとは到底思えなかった。


 でも、ヤツの言葉の文脈を考えると……?


「アタシと入れ替わってたら違う反応してたってこと?」

 これは機械的に文脈を読み取った結果の推理だ。アタシが自分から発想した訳ではない。


 だって、ねえ? 普通に考えてあり得ないもの。『お前のパンツなんか興味ねえっての』とか言ってたしさ。


 あれ? でもあの時のヤツは、なんか声が上擦うわずってたな。なんでだろうね。女の子ののどに慣れないのかな。そんなことある? 男子だって声変わり前は高い声だった訳だし。


 うーん、わからーん! もうストレートにくしかないよ。アタシはじれったくなって前のめりで問い詰めた。


「ねえどうなの? アタシの体だったら興味あったてこと?」

 そんなはずないと思いつつ、心のどこかでちょっと期待してしまう。期待って何だよ。これは、単に、あれね。女の子としての自信的なやつです。ヤツという特定の人物からどう見られてるかとか、そういうことではないのです!


 そんなアタシの顔が余程切羽詰まったように見えたのか、彼はのけぞるようにして顔を赤くしていた。赤面させてしまうほど自意識過剰な質問だったか。女の子をはずかしめるものではないね。アタシは山田な彼に謝った。


「な、なーんてね! うそうそ、変なこと訊いてごめんね? 答えなくていいから、へへへ……」

 気持ち悪い笑みでお茶を濁そうとしたが、彼は山田の口で真面目に答えようとした。依然として顔は真っ赤だ。むしろ更に赤くなってるんじゃないか?


「お、オレは……」

「わ~っ! いいから何もしゃべらないで! なんか聞くのが怖い!」

 どんな答えだったとしても関係が壊れてしまうような気がした。半分立ち上がって必死に山田のヤツを黙らせる。


「からかってごめん! もう変なこと訊かないから許して~っ!」

「いや許すも何も……。お、オレも変なこと言っちまって悪かったしな」

 なんとか場を収めた。アタシは額の汗をぬぐって座り直す。動くとズボンの中で股間がぬるんとこすれた。ちなみにもう小さくなっております。


「もーっ、なんでノーパンズボンにならなきゃいけないのよ」

 愚痴をこぼすアタシに、山田はやはり真面目に答えた。


「そうは言ってもな、実際いつ戻るかなんて分からん。最悪この体と付き合っていくしかないかもしれないんだ」

「受け入れなきゃってこと? それはそうかもしんないけど……」

 一生男のままかもってことだよね。男の子としての人生かあ……。


 アタシは膝をついて姿見の前まで移動した。改めて自分の男子フェイスを眺める。あ、鼻にティッシュ詰めたままだった。それはゴミ箱にポイして。


「う~ん……」

 どうだろう。少なくとも超ブサイク終わってるってことはない、よね? かといってイケメンと呼ぶには華がないといいますか……。ぶっちゃけ地味といいますか。


 やっぱりフツメン? お母さんもそう言ってたし。やはり偏差値50がせいぜいか。モテモテエリートコースには程遠い。


「こんなんで彼女とかできるのかなあ……」

 もちろん一生男と決まった訳ではないが、万が一そうなった時のことも考えなくてはいけない。ブサイクおじさん孤独死コースだけは避けたいものだ。実質友達とかでもいいから伴侶はんりょがほしいよ。


「ねえどう思う? アタシフツメンくらいの戦闘力はあるかな?」

 振り返って尋ねると、山田の綺麗な瞳と目が合った。どこかキョトンとした顔をしていた。そそるね。


「何心配してんだ? 普通にかっこいいと思うが」

「へえっ⁉」

 不意打ちだったためキモい声が出てしまった。


「ほ、ほほほんとに? 優しいうそは一時的なものだよ?」

「嘘じゃねえよしつこいな。フツメンとかイケメンとかよく分かんねえけど、なんかアイドルとかにいそうじゃね?」

「アイド……!」

 何たる高評価。お世辞もたいがいにしてくれー、背中がかゆくなってくらあ。かりそめの姿でも褒められるとあがっちゃうもんだね。


「や、やめてよもう! ウブな少年をたぶらかさないで!」

「たぶらかしてねえだろ人聞きの悪い。見た感じ言ったまでだ」

 なんでこいつは顔色一つ変えずお世辞が言えるんだよ。そういうの言うタイプじゃなかっただろ~? アタシばっかりドキマギしてバカみたい。こいつのこともたぶらかしてやろう。


「アンタはかわいいからいいよね。お人形さんみたいぶっちゃけペロペロしたい」

「な、何だよ急に! ペロペロって何だよ⁉」

 おっとつい本音が。まあこの際いいか。


「ねえちょっと髪触ってもいい? 彼氏に触られる前にさ」

「彼氏なんてつくらねえよ」

「でもアンタが言ったんじゃん、この体と付き合ってくしかないかもって」

「そ、そうだけど……」

 男の子と交際することでも考えているのか、山田はうーんと考え込んだ。腕を組もうとしたが、胸が当たりそうになって慌ててやめた。このおっぱいも、いつかほかの誰かに触られちゃうのかな……。


「……」

 そう思うと胸がもやもやした。山田のおっぱいはアタシだけのものだ。彼は誰にも渡したくない。あ、彼ってのは山田さんって意味だよ? 中身は別に……。


「……」

 ……まあ、ちょっといいかなって、思わなくもなくもなくもない、かな。今日だって金玉のこととか、親身になって助けてくれたし。この体になる前も、思えばいつだって助けてくれたな……。


「あ、あれ?」

 おかしいな、アイツとはそんなんじゃないのに。ただの幼馴染だようん。山田の見た目に惹かれてるだけ。そう! 別にアイツに惹かれてドキドキしてる訳じゃないよ!


「どうした急に黙って」

「どわーっビックリさせんなっ! な、何でもないっての!」

 だからこの感情は、全然まったく不自然なものではないのだ。見ろあの唇を。思わずむしゃぶりつきたくなるぜ。何か理由をつけてちゅーとかできないものか。アタシはちょっと考えてみた。


「ね、ねえ。お互いこのままだとしたらさ……」

「うん?」

「いきなり男の人と付き合うの、抵抗あるでしょ?」

「そりゃ、まあ」

「アタシだって、女の子と付き合うとかよくわかんないし。だ、だからさ――」

 男のアタシと、女の子の彼。二人でしかできない練習を、今ここでやってみようと思った。


「……き、キスの練習、してみる?」

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