第7話 山田さんは感じやすい

 アタシは普段使っているブラジャーを幼馴染の目の前に突きつけた。それが余程嫌だったのか、山田さん(仮名)は白い肌を赤く染めて抵抗した。


「だ、だって、新しいのがあるとか言ってただろ⁉」

「だからそれがなかったんだっての。お茶目な勘違いだよ」

「てことは、それ……」

 山田は横目でチラとブラを見た。


「お、お前のってこと……?」

 そ、そんな風にして言われるとなんか、すごい恥ずかしくなってくるな……。アタシは自分の顔の熱さをごまかすように強気な姿勢で言った。


「贅沢言わないの。ちゃんと洗ってあるから」

「そ、そういう意味じゃなくて……」

 何だよアタシのブラはそんなに嫌だというのか。美少女のならよかったのか? ぬーっ、そう思うと腹立たしくなってきた。こうなったら、何が何でも押しつけてやる!


「いいからさっさとつける! つべこべ言わない!」

 アタシの熱意に押されて、山田はある程度観念したようだ。が、ブラから目線を外してもじもじしたかと思うと、こんなことを言い出した。


「つ、つけ方、分かんねえ」

「えー? かまととぶってんじゃないわよ。女の子と遊んだ時とかに外したりつけたりしてんでしょーがどうせ」

「はあ⁉ 何だよそれ意味分かんねえし! そんなことしたことねえっつーの!」

 おん? そうなのか。こいつは謎にモテるからてっきりもう……。しかし嘘をついているようには見えんな。


「そ、そうなんだ……。へ、へえ……」

 ん? なんでにやけてるんだアタシは。人の童貞笑っちゃいかんよ。自分も似たようなもんでしょーが。今はブラジャーに集中だ!


「仕方のない子だなあ。じゃあアタシがつけるから服脱いでよ」

「なええっ⁉ お、お前が⁉ それに脱ぐって……」

 山田はいじらしい上目遣いでこちらの視線を気にした。


「は、恥ずかしい……」

「大丈夫よ今は女同士みたいなものだから。それに上だけでいいんだから、感覚的にはプールと同じでしょ? アンタにとっては」

「そ、それもそうか」

 納得して山田は学ランを脱いだ。続いてシャツを脱げば上裸完成なのだが、そうする前に妙なことを言ってきた。


「なあ、何かタオルみたいなもんないか?」

「タオル? あるけどなんで?」

「顔に巻く」

「はい?」

「だから自分の顔に巻くんだよ。じゃねえとうっかり見えちまう」

 はあ、目隠ししたいってこと? でもさあ。


「でも自分の体じゃん」

「そうだけど、今は女の子じゃんか。それはやっぱりまずいだろ」

 何だこいつ真面目か。不良みたいな顔してるくせに。今は美少女だけど。


 まあ気持ちはわからんでもないか。アタシもトイレの時目つむったし。山田の目が隠れるようにタオルで縛ってやった。


「……」

 画的に危ない気がしてきた。何これ。これから何かの撮影ですか? 合法? 演者は高校生なんですが。


「どうした? 何か変か?」

「べ、別に! シャツ脱いでいいよ、アタシも背中しか見ないようにするから」

「お、おう」

 こちらに背を向けた状態で、山田はシャツを脱いだ。真っ白な背中にブロンドの後ろ髪がふわりとかかった。


 ブバッ!


 アタシは勢いよく鼻血を出した。ちょっと山田の背中にかかってしまった。


「ど、どうした⁉ なんか生温かいもんが!」

「ご、ごめん! すぐ拭くから!」

 誰だよ女同士だから大丈夫とか言ったやつは。こんなの同性でもドキドキしちゃうよ! 自分の鼻にティッシュを詰めると、アタシは慌てて山田の背中を……。


「……」

 せ、背中も綺麗だなあ。肌荒れ一つないきめ細かい肌が、腰のくびれへと続いていた。この芸術的なライン、神がつくりたもうた自然の造形美だよ。


「じゃなかった、早く拭かなきゃ」

 柔肌を傷つけないよう細心の注意を払って血しぶきをぬぐった。目隠し状態の山田は訳がわからない様子だった。


「何だったんだ? ビックリした」

「さ、さあ何だろうね。こっちもビックリしたよ」

 気を取り直してブラジャーつけないと。学校に行く時間も迫っていた。


「じゃ、じゃあ腕伸ばして」

 まず肩紐を通して、二人羽織りのような格好になる。アタシも山田のおっぱい見ないようにしないとな。鼻血で失血死しかねないよ。


「ちょっと前かがみになって」

「こ、こうか?」

 カップにおっぱいを収めるイメージで、後ろから微調整する。いけない。あんまり手間取ると、山田の乳首がカップで擦れて――。


「んっ!」

 山田は切ない声を漏らした。アタシまでビビってしまう。


「うわあ! ご、ごめんね? 痛かった?」

「い、いや……。痛くは……」

 え? 痛くはなかったのに声を? 妙だな……。も、もしかして……。


 いやいや、余計なこと考えるな。また鼻血出るぞ。ただでさえブラジャーを介しておっぱいの存在感が手に伝わってくるというのに。山田の乳首など忘れてしまえ~っ!


「ほ、ホック留めるよ」

 背中でホックを留める。ふう、これで一応形にはなった。少なくとも乳首はカップに隠れて見えなくなったよ。


「どう? ちょっと腕とか動かしてみて?」

 きちんとつけられたかどうか確認する。山田はしばらく上体を動かしていたが、どうやらいまいちしっくりこない様子だった。


「うーん? なんか、脇んとこが……」

 違和感があるらしい。やはり二人羽織りで一発OKという訳にはいかないか。アタシは首をひねる山田に解説した。


「たぶん脇のお肉挟んじゃってるんだと思う。横乳というか」

「よこち……! へ、へえ」

「そういう時はね、横のお肉をくいっと持ち上げて、カップに収めてあげるんだよ。さあやってみて」

「ええっ⁉ お、オレが触って、ってことか⁉」

 山田は大いに狼狽ろうばいした。まあ目隠しするくらいだから察してたけど、どうやらここまで一度も触っていないようだ。


「アンタほんとに変なとこで真面目だよね。でも今は触ってもらわなきゃ」

「で、でもよう……」

 もーっ、じれったいなあ。お肉挟んだままほっとけないし、仕方ないなあ。


「じゃあアタシが入れてあげる。それならいいでしょ?」

「な……! お、お前が⁉」

「だってしょーがないじゃない、触りたくないんでしょ? 自分でするかアタシがするか、さあ決めて」

 山田はうんうんうなっていたが、やがて答えを出した。


「お、お願いします……」

「はーい」

 何のことはない。こんなの下着売り場の店員さんは毎日やっていることだ。鼻血も落ち着いてきたし、おっぱいの一つや二つどうってことないよ。


 しかし、この時のアタシは知らなかった。この何気ない選択が、のちにあんな現象を引き起こすことになろうとは……。ヒント、今のアタシは健全な男の子の体です。

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