第6話 ミッション:インポッシブル 乳首救出作戦

 学ランガールがノーブラだというので、アタシの家へ連れてきた。新品のブラジャーがあったはずだ。アタシはゆっくりと自転車のサドルから降りた。


「お父さんはもう会社行ったと思う。お母さんに見つからないように入らなきゃ」

 男の姿なんて見られたら説明つかないもんね。アタシはそう思ったのだが、幼馴染は何か言いたげだった。


「いや、でも見た目違うならさ」

「話は後で。ミッションスタート!」

 自分の部屋までたどり着けばいいのだ。決してインポッシブルではない。アタシはイーサン・ハントのようにするりと玄関へ入り込んだ。


「大丈夫だいじょうぶ。お母さんまだ台所とかだと思――」

 玄関開けたら2秒でオカン。さっそく母と出くわしてしまった。完全に目が合ってしまったアタシは腰を抜かした。


「あ……。ああ……」

 フリーザ編の悟飯のように縮み上がってしまう。母が何か言いかける前に、しかし詰めえりの少女はアタシの前に出て答えた。


「初めまして。勝手に上がり込んでしまい申し訳ありません。私は娘さんの友達の……。えっと、山田と申します」

 ブロンドを揺らして礼儀正しくお辞儀した。それを見て母はニッコリほほえんだ。


「まあまあ、娘にこんな綺麗なお友達が? 山田さんっていうの? あらまあお人形さんみたいねえー」

 そうか。見た目違うならそもそもウチらだと思われないってことか。彼の機転に感心していると、母は冴えない男子に目を向けた。


「こちらのお兄さんは? 山田さんの彼氏さんかしら」

 えっ、そう見えます? 参ったなあー、こんな美少女とお似合いのカップルだなんて。でも中身はアイツだからな。アタシは抜けた腰を入れて応じた。


「ち、違いますよ! ボクはただの幼馴染……。じゃなくてクラスメイトの……。えっと、田中です」

「そう? そうよね、山田さんとはちょっと釣り合わないものね」

 ケンカ売ってんのかババアー! 初対面なのに失礼過ぎんだろ! 母も遅れてそう思ったのか、自分の口に片手を当てて謝った。


「あら、私ったらつい本音が。ごめんなさいね。なんかアナタ、ウチの娘に似てて話しやすくって」

「そ、そうですか? き、気のせいじゃないですかねえ」

「娘が男の子だったら、きっとこんな具合のフツメンだと思うわ」

「ははは……。冗談きついですよおばさん」

 アタシがボロを出してしまわない内に、山田さんは話を進めてくれた。


「あの、娘さんの部屋に上がらせていただいてもよろしいでしょうか?」

「いいけど、あの子まだ寝てると思うわ。いっつも時間ギリギリなのよー」

 アタシはまだ部屋で寝ていると思われているようだ。うまい具合にことが運んできたぞ。そう、毎日ギリギリまで惰眠だみんをむさぼっていたのは、今日この日のための布石だったのさ!


「そうですか。ありがとうございます。お邪魔させていただきます」

「私はもう出なきゃいけないんだけど、いいかしら? 今日はたまたま用事があって」

「お疲れさまです。娘さんは私に任せてください」

 なぜだろう。彼がそんなセリフをのたまった瞬間、アタシはちょっとだけ胸がドキッとした。嫌だなあ、不整脈だろうか。もう少し野菜を食べるか。


 アタシが健康を案じている間に、母は別れを告げて家を出ていった。玄関の扉が閉まったのを確認して、アタシは彼をひじでこづいた。


「何よ山田って。いかにも偽名じゃない」

「うっせー。田中だって似たようなもんだろうが」

 互いのネーミングセンスに難癖をつけながら部屋へ移動した。アタシが扉を開けてやると、山田はどこか緊張した様子でそろりそろりと足を踏み入れた。


「お、お邪魔しまーす……」

「そんなかしこまんなくても。昔はしょっちゅう来てたでしょ?」

「小学生の頃とかだろ? 最近は玄関までしか来たことねえよ」

 そういえばそうだったな。思春期に突入した頃から、こいつはなぜか部屋に上がるのを遠慮するようになった。どうしてかな。


「なんで来なくなったの? アタシ何かした?」

「いや、別に……。もにょもにょ」

 珍しく歯切れが悪かった。まるで初デートに戸惑うウブなボーイのようだ。訳がわからん。まあ嫌われてないんならいいか。


 ていうか、アタシの部屋にこんな美少女がいるってすごい違和感だな。光り輝いて見えるよ。な、なんか緊張してくるな……。変に意識してしまう。


「どうしたお前、なんか挙動不審だけど」

「な、何でもないって! さあ! さっさとブラジャーつけるわよ!」

「う……。や、やっぱりつけなきゃダメか?」

「いちいち痛がってるの見てらんないっての。嫌かもしれないけど我慢して」

「べ、別に痛くねえし」

「はいはい痛くない痛くない。めんどくさいなあ」

 クローゼットの前まで移動する。パンツとか見られたらやだなあと思ったが、山田はこちらに背を向けて動かなかった。カチンコチンである。


 そうかそうか。アタシのパンツなんて死んでも見たくないというのか。言われなくてもわかってるよちくしょー。


「えーっと、確か買い置きがあったはず……」

 引き出しをゴソゴソやったが、新品のブラはどうも見つからなかった。


「あ、あれ?」

 使用済みのものばかりである。いや、使用済みっていっても洗濯はしてるよ? サラピンじゃないってことね。山田は背を向けたままで尋ねた。


「どうかしたのか?」

「それが……。アタシの勘違いだったみたい。新品のやつないや」

 仕方ない。ちょっと恥ずかしいけど……。でもあんなかわいい子をこれ以上痛がらせる訳にいかないもんね。


「うーん、やむを得んよな……」

「?」

 アタシは自分のブラジャーを引っつかんだ。山田の真後ろまで移動すると、ポンポンと肩を叩いた。


「はい、もうこっち向いていいよ」

「お、おう……」

 ゆっくりと振り向いた山田は、アタシが手に持っているものを見て小首を傾げた。


「あれ? なかったんじゃなかったのか?」

「新しいのはね。だからはいこれ」

「え?」

「だ、だから……」

 もーっ、いちいち言わせないでよこっちだって恥ずかしいんだから。アタシは手の震えを必死に隠してブラジャーを差し出した。


「あ、アタシのブラ……。つけなさいよ」

「お前の、って……」

 まだ状況が呑み込めないのか、山田は純粋そうな瞳でしげしげとブラを眺めた。やがてアタシの言葉の意味を理解すると、彼女はたちまち真っ赤になった。


「え……。えっ⁉ じゃ、じゃあ、これって……!」

 ちゃんと言い切ってくれよ最後まで! またアタシが言わなきゃならんだろーが! 怒りのためか、アタシまで顔が熱くなってきてしまった。


「何回も言わすな! アタシのブラジャーつけなさいって言ってんの!」

「え……。ええ~っ⁉」

 男子生徒にセクハラされる美少女の叫びがこだました。

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