第4話 その少女は学ラン姿であった
出発時にサドル関係のトラブルはあったが、アタシは無事公園にたどり着くことができた。自転車を停めて園内を見渡す。
「アイツはもう来てるかな?」
平日の朝7時前。人はまばらだった。
「おん?」
何だ? えらい綺麗なねーちゃんがいるな。噴水のそばで所在なげに
「外国の人かな」
長いブロンドが風になびいている。まるで映画のワンシーンのようだった。
「でも……」
その少女は、なぜか学ラン姿だった。まあツンと澄ました顔には似合わなくもない。いや、むしろアリをりはべり。美少女に学ラン。ギャップってやつかな。
「!」
ヤバい。ずっと見てたら目が合ってしまった。でも見ちゃうよ、お人形さんみたいだもの。縮小コピーして部屋に飾りたい。
そんなことを考えていたら、その子はアタシの方へまっすぐ歩いてきた。な、なんで? そんなに凝視しちゃってた?
どんどん近づいてくるよ。ひえーまつ毛が長い。顔小さい。スタイルいい髪きれい肌白い。そのクールな瞳がたまらなーい。
などと興奮している場合ではない。なんでかわかんないけど、これたぶん話しかけられるぞ。ど、どうしよう、アタシ英語はあんまり……。いや北欧? ロシア? いずれにしてもチンプンカンプンだ。
パニクッてたら目の前まで来ちゃった。あれ? けっこう小っちゃいな。違う。アタシが背高くなったんだ。この子は160くらいかな? 彼女の形のいい唇が動いた。
「あの……」
お? 日本語だ。ハーフの方でしたかー。助かった、会話は成立しそうだぞ。しかし声もきれいだな。声優さんみたいだよ。
「つかぬことをお尋ねしますが、いま何をしていらっしゃったのでしょうか?」
へえ? な、何って……。君の瞳に乾杯してたのさ、なんて言えんよな。アタシはドギマギしながら口を開いた。
「アタシは……」
じゃなかった。今は男だったんだ。だからえーっと……。
「ぼ、ボクはですね。決して怪しい者ではなくて……。そう! 待ち合わせをしていたんですよ」
美少女に夢中ですっかり目的を忘れてたよ。幼馴染のアイツと合流するために来たんだった。少女は目をしばたたかせた。
「待ち合わせ、ですか。失礼ですが、どなたとでしょうか?」
え? 普通そんなこと
「幼馴染の男子です。あ、女子かもしれません」
クールビューティーに動揺したアタシは、つい言わなくていいことまで口走ってしまった。変なやつだと思われたらどうしよう。通報される前に逃げなきゃ!
「で、ではボクはこれで。失礼します」
片手を挙げて立ち去ろうとした、その時だった。
はしっ。
「!」
彼女はアタシの手を掴んだ。小さくて柔らかい手だった。女の子相手にドキドキしてしまう。
振り返ると、彼女は上目遣いにじっとこっちを見ていた。吸い込まれそうじゃー。ダイソン並みじゃないか。
こ、これ、どういう状況? アタシこの子に引き留められてるの? ま、まさか……。これは、いわゆる一つの逆ナンというやつでは?
も、もしそうだったらどうしよう。いいの? こんなフツメンでもOKしちゃっていいのかな。相手は女の子だけど……。なんでだろう、この子ならいいって思ってしまう。
いやなんでも何もないな。超絶美少女だからでしょ。ほかに理由などない。さて、どう切り返すのがベストか。考えようとしたが、アタシの頭は超展開についていけず作戦などとても立てられなかった。
「あ、あの、ボクに何か……?」
女子力の低さがそのまま男子力の低さに置き換わっているとでもいうのか。イケメンとしての第二の人生は期待できんねこれは。ああ、せっかくのお誘い(?)だったというのに。こんなUR級二度とお目にかかれないだろうな。
キョドる非モテ男子に、しかし少女は引かなかった。100万ボルトの瞳でしげしげとアタシの顔を観察している。な、何だ? 顔に何かついてたか? 自分の顔をペタペタと触るアタシに彼女は問うた。
「差し支えなければ、どんな方なのか教えていただいてもよろしいでしょうか?」
ええ……? アタシが待ち合わせてる相手のことを? ホワイ、
「ま、まあ端的に言えばゴリラですかねー、予想ですけど。実は初めて会うんですよー」
「ゴリラ? 初めて会うって、どういうことでしょうか」
もう頭のおかしいやつだと思われたっていいや。どうせ脈ないんだし。
「いやなんかですね、そいつ幼馴染なんですけど、朝起きたら女になってたとか言ってきて。色々相談したいから会ってくれって言うんですよ」
「……」
あ、さすがに引いたな。驚きに目を見開いている。うーむ、そんな仕草もいちいち可憐だあね。男の体だからかな、ついつい
危ね。ヨダレ垂れそうになった。醜態をさらす前にトンズラするか。ごめんねお嬢さん、かわいいおててをちょっと離してもらって、と。
「そ、そういう訳ですので。ちょっとそいつに会いに行ってきます」
もう二度と会うことはないだろう。かわいい成分をたっぷりと網膜に焼きつけてから、アタシは今度こそ立ち去ろうとした。
はしっ。
「⁉」
おいおい少女はまたもアタシの手を掴んだ。マジで意味わからん。顔面偏差値50の男子高校生が引き留められる理由って何だ? そんな疑問を表情に出して振り返ったアタシに、彼女は声優アワードを受賞しそうな天使ボイスでささやいた。
「それ、オレ」
「……」
……『オレ』? え、女の子だよね。見間違えようがないよ。こんな子が男だったら、アタシはいよいよ女としての自信0になります。
最近は女子でもオレって言う人が多いのかな。現役女子高生なのにちっとも知らなかったよ。謎に学ラン着てるし、そういうの流行ってるのか。
「ん?」
ていうか待って。『オレ』の前に何て言ってた? 『それ』? この指示語がここで表す意味内容は、文脈的に考えると……。
「……」
あ、アタシの待ち人ってことにならないかい? この子日本語が不慣れなのかな。でも敬語とか使ってたし……。わからんな、直接訊くか。
「えーっと、どいういう意味でしょうか……?」
混乱するアタシに、少女はズイッと距離を詰めてきた。ほわー! ち、近いよ! なんかいい匂いがする! スーッ!
しかし彼女は、お姫様な印象を裏切る男っぽい口調でこう言った。
「いやだから、お前が待ってる相手って、オレだ」
「……え?」
少女は自分の顔に向けて親指を立てた。
「オレがその幼馴染」
「……は」
視覚と聴覚の情報が水と油のようにケンカしていた。あまりの過負荷に脳がフリーズする。アタシはおぼつかない足取りでよろよろと後ずさった。
「う、うそでしょ……? な、なんで……」
わなわなと震える指で彼女を――。いや、彼を指した。すぐ横の噴水がファーッと湧き上がるのと同時に、アタシは心からの思いを叫んだ。
「なんでそんな無駄に美少女なのよ⁉」
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