第2話 それはおじさんのきんのたま!

 前回のあらすじ。男になった。以上。


「あ、あわわ……」

 アタシは鏡を覗き込んだ。雰囲気は前とあまり変わっていなかったが、その顔は紛れもなく男子のそれだった。


「ほ、ほんとに男の子になっちゃったんだ……」

 不安からか、アタシは思わず唇に手を当てた。女の時より硬い。特に意識したことなかったけど、女の子の唇って柔らかいんだ。


「パジャマがきついな……」

 10cm近く背が伸びたんだから当たり前か。腕を軽く広げるようにしてみせると、そでから手首が完全に出ていた。


「ほへ~……」

 体に目を落としてみた。胸板が平らだ。変な感じ。小学生じゃあるまいし。


 そこ! 別に前と変わってなくない? とか言わない。一応Bカップはありましたから! 誰に言い訳しとるんだアタシは。


「ん……」

 長々と観察してたら、お花をみに行きたくなってきたな……。起きてから1回もトイレ行ってない。


「顔も洗ったし行ってくるか」

 スリッパを履いて廊下に出る。ちょっと背が伸びただけで家の中が違って見えるよ。


「トイレトイレ」

 うう、もう限界。おしっこ漏れそう。扉を閉めてパジャマのズボンを下ろそうとした。


「……」

 ……ん? 違うな。たぶん男の人って、洋式でも立った状態でするから……。てことは、クルリと回れ右だ。


 180°ターンしたアタシは便座を見下ろす格好になった。これでいいはずだよね。ほんとに立ったままするの? 超ワイルドなんですけど。


 だが仕方ない。どういう訳か知らないが、今のアタシは男。そして尿意は限界だ。アタシは再びズボンに手をかけた。


「……」

 ……え? 待って。待ってまって。これってズボンとか下ろしたら……。その、見えちゃわないかい? 何というか、男性特有のあの部分が。


 ええ~っ? たぶん絶対見えちゃうよね? たぶん絶対ってどっちだよ。仕方ないだろ位置とかよく知らないんだから。いやまあ、小さい頃お父さんとお風呂入ったことくらいあるけど、そんな昔のことは忘れた。


 ま、参ったぞ。ファーストコンタクトが自分のってどうよ? だって好きな人がいいでしょ普通。アタシだってそれなりに乙女です。教科書のダビデ像ですら薄目で済ませた恥じらい純情ガールなんだから。


「ど、どうしよ……」

 しかしだね純情ガールよ。実際トイレはもう我慢できそうにない。またいつ女に戻るのか、そもそも女に戻れるのかもわからない。そんな状況でだね、生娘みたいに四の五の言ってる場合でないのも確かだ。


「そ、そうだ!」

 立ってするから見えちゃうんだよ。座ってすれば目つむっててもできるんじゃない? 男の人って座った状態でもできるよね? あれ? 違うかな。うーん……。


「考えてる暇はないな」

 見るのはやっぱり抵抗あるし、座る作戦しかないよ。アタシはまた回れ右をして、扉に向き合う格好になった。


「ここで目をつむって……」

 ズボンを下ろす。ついでにパンツもだ。うっ、なんかボロンとまろび出た感覚が……。気のせいさ!


 フタは開いてるし、このままシットダウン。……ほ、ほんとに大丈夫かな。このまま出しちゃっていい? 女時代と同じ感覚でいいんだよね?


 わからない以上しょうがない。これがベストと信じて突き進むしかない。たかがおしっこ。幼稚園児だってひとりでできることを、高校生ができなくてどうするというんだ。


「う~っ」

 だ、ダメ。漏れちゃう……。大丈夫だよね? 出しちゃうよ? あっ出る。漏れちゃう漏れちゃう~っ!


「ええい、ままよっ!」

 アタシは開き直って全身の力を抜いた。むろん目は閉じたままだ。


「!」

 その瞬間。さっきボロンとまろび出た部分に、温かいものがチリッ!と走った感覚がした。男子の体で、アタシは初めておしっこをしたのだ。


 ジョーッ……!


「……」

 密室に卑猥な音が鳴り響く。と、とりあえず座った状態でも大丈夫そうだ。ホースが暴れ回るようなことはなかった。けど、これ……。


「な、なんか……」

 は、発射位置が! 発射位置がなんかいつもと違うんですけど! かなり前の方というか、下の方というか……。ど、どうなってんのこれ?


 たぶん、ホースの先っちょから出るからこんな感覚なのだと思われる。あ、見てないよ? 見てないけど……。自分のだからわかるんだよ、おしっこの音とか温度とかでさ。


「な、長い……」

 やたらと時間が長く感じられる。まるでアスリートがゾーンに入った時のような。いやアスリートに怒られるよ。ただのトイレだよ。


 けっこう溜まってたんだな実際。でもトイレは避けて通れないからね。こんな感じで乗り切るしかないよ。はあ、いったいいつまで続くんだろ。また寝たら戻ってるってことは……。ないんだろうなあ。


「……終わった」

 色々な意味で。えっと、この後どうすりゃいいの? あ、なんか、んだっけ? 違ったっけ? わからんよー、トリセツ。


「うーん」

 下を見ないよう気をつけながら、壁に設置されたウォシュレットボタンを確認した。男性専用のボタンはないようだ。


「『おしり』ではないよね」

 おしっこの発射位置は明らかにお尻より前だった。残るボタンは……。


「もうこれでいいや」

 半ば思考停止したアタシは『ビデ』ボタンを押した。


 ピッ。

 シュイーン……。

 ジーッ!


「は」

 水がに当たった瞬間、短い変な声が出てしまった。さっきチリッとしたホース部分とは違う場所だった。ダビデ像でチラ見したあの部分を、アタシは思い浮かべてしまった。


「ふ、袋が!」

 どうやら水は袋に当たっているようだった。アタシの股からてろんと垂れ下がっていた。生ぬるい放水をビシビシ感じる。目を閉じていても、形や大きさなどがなんとなくわかってしまった。


「は……。ん」

 や、ヤバい。これはいけない。女として。これ以上当てられたら、戻ってこれなくなってしまう。ていうか袋洗う意味とかたぶんないし。


「んっ!」

 アタシは急いで『止』ボタンを押した。波が引いていく。た、助かった。男の体は危険がいっぱいだよ。


「ふう……」

 水は止まったが、さてどうしよう。袋がビシャビシャである。このままパンツを穿く訳にはいかない。アタシはやはり下を見ずにトイレットペーパーを適量巻き取った。再び目を閉じる。


「もう、なんでこんなこと……」

 何が悲しくて自分の袋を拭かなくてはならないのか。おそらくホースがあるであろう場所を避けつつ、アタシは股に手を伸ばした。


 ちょん。


「!」

 あったぞ、袋。こいつの水気を拭き取らねば。かなりビショビショだったため、アタシは力をこめてゴシゴシと袋を拭こうとした。が。


「あいっ!」

 激痛に顔をしかめてすぐに手を引っ込めた。い、痛い……。神経に直接来るような痛みだぞ! どこか切なくもある。けどやっぱり圧倒的に痛さが勝つな。


「そ、そーっと……」

 初めてできた彼女におっかなびっくり触れる男子中学生のように、アタシは若干挙動不審な動作でソフトタッチした。


 ふにっ。


 ……うん、これなら痛くない。ビデが当たったのは後ろからだったため、後部を重点的に拭く。拭くというよりペーパーに吸わせるイメージ。


「……」

 やはりというか……。あるな、例のボールが。はっきり二つ。若干縦長だろうか。そんなことまでわかってしまう。


 これが、あれか。ポケモンだと一つ5000円の高値で売れるという、おじさんのきんのたまか。誰がおじさんやねん。


「はあ」

 ため息も出るってもんだろう。1万円分のきんのたまをぶら下げて、アタシの男子おしっこデビューは終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る