朝起きたら男になってたんだが? しかも幼馴染のアイツは女になってたって?

十文字ナナメ

第1話 ドキドキ! 嬉し恥ずかし男子デビュー♡

 ポコポン!


 アタシはメッセンジャーアプリの通知音で目を覚ました。ベッドから手だけを出してスマホを引き寄せる。


「……」

 まぶたが重い。画面がまぶしい。ギョギョッ、まだ6時前ではないか。誰だこんな朝っぱらから。


 そう思って送信者を確認すると、幼馴染のアイツだった。幼稚園から高校2年生の今日に至るまで同じクラスの腐れ縁男だ。


 まったくデリカシーに欠けるやつよ。女子高生の睡眠をさまたげた罪は重いぞ。罰として腹筋100回の刑じゃ。まあアイツなら余裕でやっちゃいそうだけど。


 で? 何よ用件は。これでたいした用じゃなかったら単語帳丸暗記の刑じゃ。まあアイツ見た目の割に真面目だけど。


 眠い目をこすって、アタシは白いフキダシに表示された文字を読んだ。



『どうしよう。なんか女になっちまったんだけど!』



「……」

 はあ? 何を言っとるんだこいつは。くだらない冗談とか言うタイプではないはずなんだが。まだ半分寝てるんじゃないの~?


 親切なアタシは丁寧な言葉づかいで彼に返信する。いやいや、ここでの『彼』はそういう彼ではなくてですね。


『ざけんなよコラ! これでニキビとかできたらアンタのせいだからね!』

 睡眠不足とストレスのお礼はこんなものでいいだろう。一応猫のスタンプなんぞもたわむれにつけてやる。アイツ意外と猫好きだからな。


 おっ、即既読ついた。リアタイで覗きコンドルな。アイツもそろそろ目が覚めてくる頃だろう。女になっただか何だか知らないが、いい加減夢の世界から帰ってきなさい。


 しかし、アタシはまたも面食らうことになる。ヤツからの返事はこんな具合だった。



『いやマジで女なんだって! 朝起きたら女になってたの! 本当に!』



「……」

 さすがに笑えなくなってきた。冗談にしてはクドすぎる。朝起きたら女? 自分がってことだよね。うーむ……。


 もぞもぞ。アタシは布団にもぐってちょっと考えてみる。


 可能性①、やはり寝ぼけている。これが最有力。だって、ねえ? 現実的に考えてあり得ないでしょう。男子高校生が突然女の子に! とか。


 けどなあー。アイツ昔から寝目覚めはいいからな、お年寄り並みに。夢と現実の区別がつかなくなるとは考えにくいんだよなあ。


 え、なんで寝目覚めいいなんて知ってるかって? ほら、アイツ週末とかは新聞配達のバイトしてるし。小学校の時ラジオ体操皆勤賞だったしね。帰納きのう的推理ですようむうむ。


 しかしそうなると、可能性①は怪しくなってきたな。うーん、ほかのセンはですねえ……。


 可能性②、エイプリールフールみたいな。そうかそうか。不器用なアイツも、いつの間にかドッキリとか仕掛けるお茶目ゴコロを持つようになったか。成長したのう。


 ってもう6月だよ。何の日でもないよ。普通の平日。学生もサラリーマンも電車にすし詰め状態の平常運転じゃ。


 おいおいマズいぞ。可能性②も望み薄じゃあないか。だがここで諦める訳にはいかない。納得いく説をでっちあげねば、アイツが頭のかわいそうな子になってしまう。


 考えろ考えろ……。アイツが女になったと主張する理由。夢の中の話でもなく、かといってふざけている訳でもない。アタシは目をつむって可能性を探った。


「うーん……」

 おん? 何だ今のうなり声は。花のJKとは思えぬ低さだ。お父さんか? いやいや、17にもなって父親と同衾どうきんせんよ。おかしいなあ。


 違う。そんなことより女だ。そんなことより女だってすごい女好きなやつみたいだな。だから違うって。考えるな、感じろ。じゃなくて考えろアタシ。


「うーん……」

 ぬおっ⁉ おいおいまただよ。いったいどこから響いてくるんじゃい、このコントラバスみたいに内側から響く低音は。


 大型犬がいびきでもかいてるのか? でもウチペットいないし。ここ、アタシの部屋。アタシのベッド。一人だけ。アンダスタン?


 参ったなあ、もしかして幻聴とか? 実際には聞こえない声? そんな経験今までなかったけど。耳鳴りとかもしないし。


 なんか男の人の声っぽかったし、潜在意識の表れ? 脳内彼氏? 欲求不満なのかアタシは。否定はできんな。


 アタシは考え過ぎて頭がかゆくなってきた。えーい、わからーん! セミロングの髪を布団の中でワシャワシャする。


「?」

 あ、あれ? なに今の感触。なんか……。髪、短くなってない? でも、寝てる間に?


 抜け毛? いやどんな規模の抜け毛じゃ。それに全体的に短くなってる感じ。もっかい触ってみようか。


 うーむなるほど……? 布団の中だからわかりにくいけど、たぶんショートとベリーショートの中間くらい? 気持ち長めの男子くらいか。懐かしー、中学まではこんなだったっけ。


 って懐かしがってる場合じゃない。なんか色々おかしくない? 女とか声とか髪とか。イレギュラーなことが多すぎるぞ。


 とりあえずいったん落ち着こう。まだあわてるような時間じゃない。いや本当に。ひとまずベッドから出るか。


 アタシは布団から顔を出して、枕元の照明リモコンに手を伸ばした。『全灯』ボタンをポチッとな。しようと思ったその時だった。


「ん?」

 気のせいかな。手が……。でっかくなっちゃった? 暗いからよくわからないけど、指も長くなってる気がする。はて……?


 まあいいや。ポチッ。いたついた。さーて布団をはいで、顔でも洗ってくるかな。


「?」

 ベッドから脚を降ろすと、なぜかパジャマの丈がツンツルテンになっていた。ま、まさか……。これって……!


 成長期か。いやーモデルさんみたいな長身美女になっちゃったらどうしよう。170cmくらいはあってもいいかな? ついでにおっぱいはEカップで。Fでもいいかな?


 願望を抱く分には自由。未来への希望を膨らませて、アタシは立ち上がった。


「⁉」

 な、何? ちょっと目線高くない? ほんとに170くらいありそうなんだけど。す、すごい。これが成長期。たった一晩で男子並みじゃないか。


 モデルデビューも近いぞこれは。今のうちにサインを考えておこうか。アタシは幼馴染からのメッセージなどすっかり忘れて洗面台へと向かった。


 バシャバシャ!


 くーっ、冷たい朝の水がみるぜ。タオルタオル。手探りで引き寄せると、アタシはよく拭いてから顔を上げた。


「……」

 その鏡には、見知らぬ顔が映っていた。


 いや、不思議と印象は変わっていない。変わっていないのだが変わっている。アタシは思わず鏡に手をついた。


「……」

 やはり髪は短くなっていた。目線も高くなっている。全体的にボーイッシュな感じというか。感じというかボーイそのものというか。


「な、何これ……?」

 ん? やっぱり声もおかしいぞ? 恐るおそるのどに触れてみた。


「!」

 か、硬い……! なんか、『コツ』っていった。なんか入ってる。誰かいる! 喉に仏さまが!


「あわわ……」

 ま、待って。アイツはメールで何て言ってた? 女になったって言ってたよね。朝起きたら女になってたって。


「も、もしかして……」

 もはやここまで。観念したようにアタシは、低くなった声でひとり叫んだ。



「お、男になってるー⁉」



 まだ女にもなっていないのに、アタシは華々しく男子デビューしてしまった。

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