第9話






 

 

『さっきは随分、動揺していたな。』

 

 刀の姿に戻った隼影は何気なく問い掛ける。

 さっきというのは言うまでもなく、龍次の部屋での事だ。彼が感謝の言葉を伝えた時、滅多に動揺しない結花が酷く狼狽していたように見えた。

 

「そう見えましたか?」

 

 見回り中の足を止め、一瞥を差し向ける結花。

 長年、連れ添って来た隼影の目から見ても、その表情は普段通りだったが、彼女の行動こそが問いの是非を表すものであった。

 

『でなければ、足など止めんだろう。』

 

 愚問だな、と呆れたような声。

 結花はふっと唇を緩め、また歩き始めた。

 肯定を意味する静寂の中に畦道を進む雑踏の音が混じる。

 それから暫く歩いた後、玲瓏な声が加わった。

 

「動揺と言っていいのか分かりませんが、強い感銘を受けたのは確かです。生きる事に前向きな彼の姿勢はとても美しい。」

 

 眩しいものを見るように目を細め、弾んだ声で口ずさむ。

 真に皮肉なことを言っていたのだが、皮肉屋な隼影はそれを指摘出来ず、ふんと鼻を鳴らした。

 

『その上で奴を伊吹丸いぶきまると合わせるのか。』

「えぇ、『身削ぎの儀』の成功の為には必要なことですから。」

 

 どうして結花が龍次を手元に置いたのか、という疑問に対する龍次の予想は見事に的中していた。

 彼女の家、桐生家が代々、行ってきた『身削ぎの儀』と『禊の泉』は深い繋がりがあり、その泉から現れた龍次を逃さない為である。

 

「反対ですか?」

『いや、お前がそう判断したのなら私から言う事はない。』

 

 そういう割には続けて言った。

 

『だが、もしも二百年以上続くこの儀式を破綻させるものがいるとすれば、それは奴しかいないだろう。』

 

 龍次の持つ霊力を操る才能でも、彼に混じる神の正体でもなく、彼の定めた生き方こそが隼影にそう確信させていた。

 太陽が僅かに傾き、影が揺れる。

 刻一刻と約束の時は近付いていた。

 

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