第12話
(全部、ぶっ壊してやる。)
それでも強烈に抱いた感情を操る術を知らなかった。
肩を掴む腕で乱暴に結花を突き飛ばす。
一見、感情的な振る舞いのようだが、その実、彼女の腰にある隼影を奪い取るための行動だった。
「あっ!?」
呆然とした声にも脇目も振らず、俺は疾風となって、駆け抜ける。
手に持つ抜き身の刀に霊力を流し込み、鬼めがけて振り下ろす。
大上段からの一刀。適度な緊張と脱力から来る会心の手応えと伊吹丸の不意を突いた完璧な
(
脳天に吸い込まれて行く力強い太刀筋に必殺を確信する。
だが、その未来は大きな掌によって阻まれた。
超人的な反応速度を見せた伊吹丸が、咄嗟に腕を差し出し、白刃を素手で掴んだのだ。
げに恐ろしきはその硬さ。
会心の一斬でさえ、表皮の一枚も切り裂けず、まるで大地でも踏みしめているような手応えが掌に返ってくる。
(まだだ!)
掌ごと腕を真っ二つに切り裂き、脳天を叩き割ってやる。
強い殺意を持って、刀を下に押し込む。
「ぐっ!」
ぷつりと刃が表皮を切り裂き、遂に鮮血を流させる。
このまま、と意気込むが、相手も大人しくはやられてくれない。
「ふん!」
空いている左腕を横薙ぎに振るう。
俺が大きく後退してそれを躱すと、ぶぅんと鈍い風切り音が耳を掠めた。まるで当たったら、ただじゃ済まないと警告しているようだ。
しかし、そんなものに今更、臆する事は無い。
すぐさま刀を正眼に構え、伊吹丸の次の行動を観察する。
「・・・・・」
奴は切り裂かれた掌を興味深そうに見つめていた。
きっと流れる血の色にでも驚いているんだろう。まさか鬼の血が赤いなんて俺も驚きだ。もっと驚かせてやる。
更なる追撃を浴びせようと踵を浮かせ、前のめりになる。
「龍次!刀を引きなさい!今ならまだ間に合います!」
すると、矢のような鋭い声が俺を呼び止めた。
一瞥を向ければ、鬼気迫る形相で結花が制止している。
まだ間に合うとは一体、何のことを言っているのか。今なら伊吹丸から許してくれるという意味なのだろうか、それとも怪我をさずに済むという意味か。
どちらにせよ、答えは決まっている。
「断る。儀式も、生贄も必要ない。全ての問題はこいつを片付ければ解決する。」
断固たる覚悟で諌言を退ける。
それが出来れば、誰も苦労しないのだろうが、状況はそうせざる得ない所まで差し迫っている。でなければ、態々、敵に塩を送るような真似をする訳が無い。
「っ!隼影!」
一瞬の絶句の後に、切り返すような慌てた声を発する結花。
隼影が俺の行動を抑制することを期待してものだろう。
『・・・・・』
だが、彼の返答はその思惑と相反するものであった。
柄を掴む俺の手に向けて、自身の霊力を流し込み、無理矢理、肉体の強度を底上げする。要は俺が今、隼影に行っている事と逆の事をしたのだ。
「ぐっ!」
勿論、いきなりそんな事をされて無事で済むわけもない。
急な激痛が走り、思わず苦悶の声を上げる。ふつふつと湧き上がる力の源流に、血潮が沸騰し、筋肉が内側から圧迫されているみたいだ。
それでも刀は手放さず、寧ろ押さえつけるように力強く掴み、暴虐的な力の手綱を握る。
今、力を貸してくれるなら、悪魔の力だって歓迎だった。
「隼影!貴方まで・・・・・!」
結花は額に手を当て、踏鞴を踏む。
度重なる裏切りに途方に暮れつつも、諦めがつかないでいる彼女を諌めたのは、他ならぬ伊吹丸であった。
「もう寄せ。そやつらは儂の獲物だ。」
のそりと身を起こし、俺よりも頭一つは大きな巨体を屹立させる。
そして、分厚い胸筋と丸太のような手足から成る五体であらゆる口答えを跳ね除けた。
「お待ちください!まだそうと決まった訳ではありません!それに契約によって、貴方は人を傷つけてはならないはず!」
「ふん、殺せぬだけよ。我が前に立つものは須らく薙ぎ払う。その決定は覆らん。それとも貴様も我が鬼道を邪魔立てするつもりか?」
鋭い視線が結花の身体を射抜く。
それによる一瞬の硬直は、きっと死への恐怖ではなく、計画の破綻を恐れてのものだろう。
だからこそ、俺は戦わなければならない。
再度、伊吹丸めがけて吶喊する。
「二度も不意打ちが効くと思われるとは、舐められたものよ!」
だが、今回の不意打ちは読んでいたのか、カウンター気味に豪腕が振るわれた。
咄嗟に刀を盾にし、直撃を避けるも、足が地面から離れ、境内から雑木林へと吹き飛ばされてしまう。
枝葉が何度も身体に当たり、景色が幾つも通り過ぎる。
暫くして、漸く俺は地面に着地した。
「おい、大丈夫か?壊れたりしてないよな?」
『問題無い。だが、迂闊な攻撃は控えろ。単調な攻撃では奴は捉えられん。』
ここまで来ても説教とは、こいつも筋金入りだな。
小さく笑って、真っ赤な攻撃性に支配された脳に息を吹き込む。
そして、完全に脱力した所で、身体を捻るようにして、刀を振り上げる。
月の光を弾く白刃が空から飛来した鬼を迎撃する。
「よくぞ反応した!」
獰猛に破顔する伊吹丸。
繰り出された拳の威力に、ギリギリと刃が軋み、火花が飛び散る。まるで空が落ちてきたみたいだ。
だが、負ける訳にはいかない。
力を振り絞り、中空の鍔迫り合いを制すると、奴の巨体を思い切り弾き飛ばした。
二メートルを超える巨躯が大木に激突し、物々しい重音が響く。ゆさゆさと撓る枝葉が白旗を上げているかのよう。
俺は立て直す暇を与えず、追撃に移る。一足で間合いを詰め、刀を一閃する。それを避けられると、すかさず膝蹴りを繰り出す。
だが、読まれていたのか、大きな掌で受け止められてしまう。
足を掴まれることを恐れ、咄嗟に大きく飛び退るも、反撃の様子はない。
奴は大木に寄りかかりながら、玩具を見るような不気味な眼差しをこちらに向けている。
「くくく、良い殺気だ。つい先程まで儂の霊力に恐れをなしていたものとは到底、思えん。」
「忘れたね、そんなこと。」
「会話に乗りながら、息を整える奸智もまた良し。」
上機嫌に声を弾ませ、
「だが、儂の敵になるにはまだ早かったな。」
無慈悲なる結論を宣告する。
次の瞬間、伊吹丸の姿が掻き消え、腹部に強烈な衝撃が走った。
「かはっ!?」
腹部にめり込み、臓腑を圧迫する拳。
いつの間にか突き刺さっていたその一撃の威力は凄まじく、視界は朦朧とし、全身から力が抜ける。
そのまま木っ端のごとく吹き飛びそうになるが、それよりも先に何かが俺の頭を掴んだ。
「これから死なぬ範囲で貴様を痛めつける。決して儂に刃向かえぬようにな。その上でまた我が前に立つなら、今度こそ我が敵として屠ってやろう。」
そして、地獄を見た。
何度も何度も頭を木々に打ちつけられ、全身が襤褸雑巾になるまで地面を引き摺り回される。骨は砕かれ、肉を喰われ、激痛に意識を失っては更なる苦痛で意識を取り戻す。
拷問に等しい時間の末、俺が最後に見たのは満点の月。
さよならだけが人生だなんて、死んでも認めない。
絶対にぶっ潰してやる。
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