第5話


 

 

 

 (ぐっ、やっぱり読みにくい。)

 

 行灯あんどんの光に照らされた暗闇の中、俺は巻物に目を通していた。

 その目的はこの世界の知識や常識、観点などを学ぶ事である。

 本には良くも悪くも書き手の感性が滲み出る。

 例えば、かの有名なアーサー王物語では、主人公であるアーサーの父親、ウーサー・ペンドラゴンに、他人の妻を欲し、その為だけに他国を攻撃したという記述がある。

 現代的な観点から見ればクズの一言だが、当時の感性では決してクズではなかったのだろう。

 かつての時代では敗戦国の姫や王妃が勝者のものになるのは当たり前であったし、ウーサーをクズにしてしまえば、アーサーもクズの息子という不名誉を背負う羽目になる、という点からもその意図は無かったと思われる。

 要は書き手はこれが許されると思っていたのだ。

 例え、現代では許されずとも。

 いかなる書物もこういった現象と無縁ではいられない。

 であるからこそ、読み手と書き手が時代を隔てて対話する事が出来る。書き手の感性や常識を把握し、そこに隔たる差異を埋め合わせられるのだ。

 俺はそれに倣おうとした。

 しかし、思わぬ強敵が立ち塞がった。

 

 (なんで草書なんだ。)

 

 それは文字の書体だ。

 書体は簡単に言うと、フォントのようなものだ。文字の骨格は一貫してるが、書体ごとに文字の形や特徴などが違う。

 漢字にも幾つかの書体があり、俺達が普段、使っている書体は楷書と呼ばれるもので、このミミズが走ったような書き崩した文字は、現代では殆ど使われていない。

 なので、割と本気で読めなかった。完全に読めない訳では無いのだが、解読作業のように一文字一文字を記憶の文字と照らし合わせる必要性がある。

 

 (まぁ、全く別の文字じゃなかっただけマシだし、英語でも訳していると思って頑張るしかないか。)

 

 こればっかりはどうにもならないので、頭を掻いて、頑張ることにした。

 ちなみにだが、暗闇に関してはあまり気にならない。

 この世界は科学文明が未発達であり、非常に未熟だが、代わりに魔法のような力を使う神がいる。

 それ等の神々の力が付与された護符や御札を使えば、前時代的な道具であっても現代文明の生み出した利器へと早変わりする。

〝十分に進んだ科学技術は魔法と区別がつかない〟と良く言うが、逆もまた然りだった。

 まぁ、万人に手が届くものでは無いらしいから、そういう意味では科学の方が優れているが。

 悪戦苦闘しながら書物を読み進めること、一時間。

 

「龍次、まだ起きていますか?」

 

 ふと廊下の方から声が掛かった。

 俺は巻物を机に置いて立ち上がり、戸の方へと向かう。

 さっと戸を引くと、隼影を携えた結花が立っている。

 

「・・・・・夜這いか?」

『よく私を見つめながら、そんな世迷言を言えたものだ。余程、叩き切られたいとみえる。』

「冗談だ。」

 

 肩を竦めて、おどける。

 恐らく、向こうも冗談のつもりだろう。

 夜中に刀を持って、他人の部屋を訪れるなど暗殺を疑われてもしょうがない場面だが、結花がそんな事をする筈が無い。

 だから、その事を互いに茶化し合っているのだ。

 

「夜分遅くに申し訳ありません。明日以降の話をしようと思って、伺ったのですが、勉強の邪魔をしてしまいましたか?」

「いや、一区切りついて良い所だった。それより早く中に入れ。家主を立ちっぱなしにさせてるのは心苦しい。」

「それではお言葉に甘えて。」

 

 座布団を一枚取りだし、そこに結花を座らせると、向かい合うように俺は畳に胡座を掻く。

 そして、結花の話に耳を傾ける。

 

「あまり長居するのもご迷惑だと思いますので、単刀直入にお聞きしますが、霊力の訓練を受けてみるつもりは有りませんか?」

 

 それは意外な提案だった。

 戸惑いに目を丸くして、顔色を窺うように尋ねる。

 

「良いのか?そういうのって真似されないように門外不出のものだと思ってたんだが。」

 

 というのも、それを教えてしまえば、真似される可能性が高いからだ。

 基本的に人間の個体ごとによる能力差は小さい。

 一般人が陸上競技選手と一〇〇m走で勝負したとしても一分の差もつかないだろうし、どれだけ剛力無双な人間であっても、人間の十倍も二十倍も腕力が強いわけが無い。

 頭脳に関しても同じである。暗算の速度であったり、記憶力の良さであったり、凄い差があるように見えるが、別にゆっくり計算すれば良いだけだし、記憶力に関しても時間を掛ければそれなりの事は覚えられる筈だ。

 何があろうと絶対に埋められない差では無い。

 だからこそ、多くの人が、知識を独占する事で、他の人に真似出来ないようにしてきた。

 世に言う秘伝だの奥義だのと言ったものは、特別な人間にしか使えない必殺技などではなく、ただの教育格差に過ぎないのだ。

 

「えぇ、問題有りませんよ。秘匿されている訳ではないですし、霊力を使える人間が少ないので、むしろ才能ある人間には積極的に教える事が奨励されています。」

 

 しかし、その常識は神の居ない俺の世界での話だった。

 どうやらこっちの世界ではそうでは無いらしい。

 胸の前で腕を組み、思案を巡らせる。

 正直に願望を語るなら、普通に受けたい。

 しかし、キャパオーバーしないか気になる。

 村の人とのコミュニュケーションはオセロの普及活動や情報収集を含んでるから外せないし、読み書きの練習や勉強などにも時間を割いてる。

 それにこっちに来て、そろそろ一週間だ。目に見えない負担や心労が形となって現れる頃でもある。

 無理をして、病になったが最期、医療の未熟なこの世界では命取りになってしまう可能性もある。

 

「霊力を使えれば、この地を離れたとしても勤め先に困る事は無いですし、護身術としても最適だと思ったのですが、辞めておきますか?」

 

 俺があれこれと悩んでいるのを察したのだろう、結花の眉が八の字に寄せられた。

 

「いや、そういう事ならやろう。」

 

 リスクを無くすことは無意味であり、最小化することも疑問である。成果を手にする為には必ず冒さなければならないリスクがある。

 昔読んだドラッガーの本にそんな事が書かれていた。

 その言葉が今、当てはまるのかは浅学非才である俺には分からない。

 だが、この世に確定した未来などない。有ったとしても、不可視のベールに覆われているのだから、結局は不確定な未来に期待を託さなければならなくなる。

 だとすれば、より大きな期待を持てる方に賭けるのが俺の主義だ。

 何より、命の恩人にそんな表情をさせるのは本意じゃない。

 

「それなら明日の朝食後、道場の方に来てください。」

「分かった。」

『遅刻するなよ。』

「しねぇよ。」

 

 明らかに安堵した様子の結花を見送って、この日はもう寝る事にした。

 明日からまた忙しくなるな。

 

 

 

 

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