第3話


 

 

 

 日出国ひいずるこく

 それがこの国の名称らしい。

 日本の言い間違いや古い呼び方ではないのかと期待したが、どうやら違うらしい。

 日本そっくりの地形や文化をしているものの、各地は戦国時代のように大名によって治められ、俺の世界では迷信に過ぎなかった数多の神々や妖怪変化が実在している。

 年代も帝歴一五六〇年と古く、科学技術なども未熟だ。

 かつての日本に似ているが、俺の知る日本とは全く別の異世界だった。

 その事を悟った時、俺は酷く落胆し、途方に暮れた。

 異世界転生や異世界転移などの単語はオタクである俺には馴染みの深いものであったが、まさか自分がそのような立場になるとは到底、思っていなかった。

 オタクだったら、もっと喜べよと思う人間もいるかもしれないが、そもそも異世界転生を喜ぶのは前の人生が悲惨だったからであって、普通の生活を送っていた俺がそんなに喜べるはずもない。

 損得の観点から言っても、十七歳と『これから』が幾らでもあるような年齢で、今まで学習してきた知識や常識が全部、無意味になる可能性の高い異世界転生というギャンブルに手を染めるメリットは少ない。

 真面目に勉強して、良い大学に入るなり、資格を取ったりした方が、より確実に順風満帆な生活に近づく事が出来る。

 真っ先な感想として、将来を奪われたと感じるのは自明の理だった。

 そして、失意の一晩を経て、

 

「桐生、オセロ作ってみたから、一緒に遊ばないか?」

 

 すっかり俺は立ち直っていた。

 

「・・・・・てっきり、まだ落ち込んでいるものだと思ってましたが、もう立ち直られたのですか?」

 

 驚いたように目を見開いた後、おずおずと尋ねる結花。

 その紫紺の眼からは動揺の色がありありと見て取れ、まるで信じられないようなものを見るようだった。

 まぁ、昨日の落ち込みっぷりを知っているので無理もないが。

 

「いやまぁ、落ち込んでると言えば落ち込んでるけど、それだけしてても問題は解決しないからな。切り替えて、金策を探すことにした。」

 

 人というのは何をしなくても腹が減る生き物だからな。

 先ずは生きる為の金を稼がなくては。

 その答えに結花も納得したのか、感心げに頷いた。

 

「殊勝な心掛けですね。」

「そこまでのものじゃねぇよ。」

 

 照れ隠しに吐き捨てて、書物を読んでいた結花の近くに胡座あぐらを掻く。

 盤台を畳に下ろすと、即席で作ったオセロの駒がガシャリとけたたましい音を立て、結花の視線を自然と引き付ける。

 

「これは?」

「オセロ。俺の居た世界にあった盤上遊戯ボードゲームの一つだ。片方が表、片方が裏の面を使って、交互に駒を置いていく。その時、自分の駒で相手の駒を挟み込むと、相手の駒を自分の駒に出来る。」

 

 試しに駒を幾つか置いて、実演してみる。

 挟まれた駒に彫られた文字が表から裏に、裏から表に変わっていく。ちなみに色は塗られていない。

 この時代の絵の具の価格が分からなかったので、将棋みたいに駒に文字を彫ることで代用する他なかった。

 

「成程、こうして自分の陣地を増やして行き、最終的に駒の多かった方の勝ち。単純ですが、奥深い遊戯ですね。」

「おぉ、好評か。」

 

 流石、異世界テンプレ。困った時のオセロだな。

 鋭利な顎に手を当てて、感心した結花の反応に一瞬の期待を寄せる。

 だが、次に発せられたのは厳しい意見だった。

 

「ですが、これを売るのは少々、厳しいかと。」

「あぁ、やっぱり?」

「はい、遊戯そのものは流行りそうですが、この盤台も、駒も、特殊な技巧が施されている訳ではなさそうなので、恐らく、すぐに真似されてしまうでしょうね。」

 

 だろうな。

 学校の図工くらいしかやったことの無い俺が作れたんだ。簡単に誰だって作る事が出来るだろう。

 そういうのを防ぐ為の特許も存在しないから、相手を訴えることも無理。

 とはいえ、そこまでは俺も想定していた。

 

「一応、これを流行らせた後、俺が道場を開いたり、大会を開いたりして、金を稼ぐつもりだったんだけど、それでも無理か?」

 

 オセロの歴史は割と長い。定石であったり、理論であったり、様々な研究が行われている。その歴史の一端を受け継ぐ俺が、初めて数ヶ月程度の初心者に苦戦する確率はかなり低い筈。

 商品そのものを売らずとも、その世界の第一人者として金を稼ぐ。

 スポーツやゲームのプロ選手とは少し違うが、それでも金は稼げると思う。

 だが、やはり結花の表情は厳しかった。

 

「出来なくは無いと思いますが、流行るまでの時間をどう食い凌いでいくのかという点が気になります。」

「・・・・・駄目か。」

 

 返す言葉もなかった。

 俺自身、その懸念に達していながら、答えを導き出せずにいるからだ。

 諦めて肩を落としたその時、結花はこう続けた。

 

「ですので、三ヶ月程、私の元で世話になる気は有りませんか?」

 

 咄嗟に顔を上げる。

 そこでは真剣な眼差しが待ち構えていた。

 

「立場は客将として迎え、身の回りの事は私が致しますので、特に仕事などをお願いすることも有りません。領地の中であれば、自由に移動してくださっても結構です。」

「それじゃあ、本当にただ世話になってるだけじゃないか。」

「いいえ、その代わり、二ヶ月後に私と共にある鬼に会って貰います。」

 

 鬼。

 その一つの単語に戦慄する。

 神話や物語に出てくる鬼の描写は様々だが、あまり良いものして描かれない事が屡々しばしばだ。

 それにこの言い方からして、会う鬼がどっちなのかという事は何となく想像がつく。

 俺はごくりと息を飲み、緊張した面持ちで問う。

 

「・・・・・会うだけなのか?」

「はい、それで十分です。」

 

 それでも死ぬ確率はある。

 折角、拾った命だ。すぐに死ぬのは御免だった。

 そんな俺の不安を見抜いたのか、結花は力強い声で宥める。

 

「大丈夫です。鬼が貴方に危害を加えることは有りません。」

 

 まるでなにか確信でもあるかのような発言だった。

 何処にそんな根拠があるんだと困惑するが、何の根拠も無く、そんな事を言うような人間にも思えない。

 息の詰まる沈黙の中、彼女の目をじっと見つめ、結局、俺は彼女を信じることにした。

 

「・・・・・そういう事ならよろしく頼む。」

「ありがとうございます。」

「いや、こっちこそ願ってもない話だった。ありがとう。」

 

 こうして彼女の家に暫く厄介になることが決まった。

 そして、より深く運命の渦中へと巻き込まれて行くことになる。

 

 

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