第11話 夜営
二人はそれでも井戸を調べ続けた。
アルフィーナはロープを使って井戸の底にまで下りていったが、わずかなりと水分のあった痕跡も見つけられなかった。
井戸の内壁は、ひとつの塊から削りだしたように密に組まれていて、外せるような石はまったくなかった。
その間、ジェドクは広間の壁面の呪紋を解読し、ほかに部屋はないか、秘密の地下扉でもないか調べたが、同じく密に組まれて一体化し、外せるような石はひとつもない。
レリーフや彫刻を叩いてみても、秘密の仕掛けが隠されているようすはなかった。
ついにこれ以上ないほど調べつくして、ふたりは諦めた。
「これだけ調べた以上はかえって安全でしょう。あなたはこの
ジェドクが半ばやけっぱちのように言った。
「あなたはって、お前はどこに泊まるんだ、ジェドク。外は寒いぞ。他の建物の安全を今から調べるのも大変じゃないか」
「私のことはどうでもよろしい。選ばれた護り手ではないのです。ここが宿屋なら、別の部屋を取りますよ」
「でもここは、何があるかわからない古代の都だぞ。そもそも、お前と二人だけでレムリアに来ることにしたのに、今更じゃないのか?」
「まあ、それはそうなんですが……少しは気にしてください」
「ロンたちだって誰も反対しなかったんだ、あとでああだこうだ言われることも無いだろう」
「それは、シルヴァイン砦の安全と、オーガン様の呪いを早く解くのと、もろもろの痛しかゆしの結果ですからね……」
何があるか分からないので、ふたりは乗馬を社の中に引き入れた。
アルフィーナの乗馬は大人しく壁際に坐ったが、ジェドクの荒馬は意地悪く目を光らせてさっそく広間を駆けまわろうとする。
だが、アルフィーナが荷物のなかから飼い葉用の穀物をつめた袋を取りだすとすぐに走るのをやめ、いそいそと近づいてきた。
ジェドクが
適当な小石を丸く並べて手をかざすと、石が強烈に熱された。
鍋をのせれば焚き火のかわりだ。パンやチーズや腸詰をあぶることもできた。
「申し訳ありません、アルフィーナ様」
食後のミント茶を注ぎながら、ジェドクは落ちこんだようすだった。
「せっかく見つけたと思った解決法ですが、だめかもしれません」
「気にするな、ジェドク。それこそオーガンは生きるか死ぬかというわけじゃないんだ」
ミント茶のカップを受け取りながら、アルフィーナは笑った。
「今日はもう疲れているし、体と頭を休めよう。明日また色々考えて、ほかによさそうな場所があったら探してみて、それでだめだったらシルヴァインに戻ろう。また新しい方法を調べればいい」
ジェドクは顔をあげ、アルフィーナを見た。
「少しはがっかりとかしないんですか、あなたは?」
「馬鹿にしてるのか?」
「どうしていつもそうおっしゃるんです。私だって感心することはあるんです。いや、むしろこの場合感動に近い」
「やっぱり馬鹿にしている」
「してませんよ。あなたと言う人は本当に前向きなんだ。空元気でも気遣いでもなく、心底本気でどうにかなるし、すればいいと思っている」
ジェドクは何度も首をふった。
「これではいかに私でも、反論の二の句もつげませんよ。はい、そうですねと、あなたと一緒になって前向きにならざるを得ない……そんな愚かしい自分を、むしろ悪くないとさえ思ってしまう」
ジェドクは肩をすくめ、小さく笑った。苦笑というよりは、はにかむような笑いだった。
「ジェドク。お前、笑うとすごくいい男なんだな。いつも笑っていればいいのに」
今度はアルフィーナが感心する番だった。
「何ですか、人をオーガン様みたいに。私はあの方とは違って、いつも表情豊かに笑っていると思いますがね」
「ほら、いつもはそれだ、その意地悪そうな顔! お前が乗ってる荒馬とそっくりだ」
「今度は馬と一緒にする気ですか」
「一緒にされたくなかったら感じよく笑え。すごくいい男だぞ」
ジェドクの憤慨がおかしくて、アルフィーナは笑った。だが、不意に何かを聞いたような気がして、笑うのをやめた。
「どうなさいました、アルフィーナ様」
ジェドクも真顔になっている。
「聞こえないか、ジェドク……不思議な、せせらぎに似た音だ」
「……い、いえ、私には……」
ジェドクは気づかわしげにアルフィーナを見つめた。
「お疲れなのでは? もう寝んだほうが……」
「いや、間違いなく聞こえる。私は耳がいいんだ。こいつは空耳じゃない!」
アルフィーナは立ちあがり、社の扉を押し開けて外に飛びだした。
空には月が輝いていた。冷たい夜風が体を包む。
アルフィーナはかまわずに全力で走った。
「どうかお待ちを、アルフィーナ様! 危険です、何かの魔法かも……!」
ジェドクの制止の声、そして追いかける足音が遠くなっていった。
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