第09話 飛翔狼
アルフィーナは慌てなかった。
ギミアの柄に手をかけ、だが抜かず、意識だけ集中させる。
鞘のままのギミアから黄金色の光があふれ、アルフィーナとジェドクとふたりの乗馬をくるむ半透明の繭となった。
悲鳴をあげて跳ね返り、ころころと地面にひっくりかえったが、さして痛くはないはずだ。
この柔軟な強度の防壁なら、そう体力を消耗せずに瞬時にはりめぐらせ、維持できる。
ひときわ大きな飛翔狼は何度も吼えた。そのたびに波状攻撃のように飛翔狼たちが飛びかかってきた。
アルフィーナはそのたびに、光の繭をはりめぐらせる。
飛翔狼たちは繭にめりこんで受け止められ、弾力ではじかれ、地面にひっくりかえった。
痛くはないはずだが、かえって腹を立てたように跳ね起きて、何度も何度も飛びこんでくるものもいる。
アルフィーナはすべての攻撃をただ防ぎ、一度も反撃しなかった。光の繭をとおして、ひときわ大きな飛翔狼を見あげる。
「私たちは決して、あなたがたに危害を加えたりはしない。ただこの地にある必要なものを探しにきたのだ。それさえ手に入れたら、すぐにでも立ち去る。あなたがたに危害は加えない」
「アルフィーナ様、言葉は分かりませんて」
ジェドクの言葉を打ち消すように、吼え声が響き渡り、空気を震わせた。
すべての飛翔狼たちはいっせいに動きをとめ、アルフィーナたちのそばを跳び離れた。
ひときわ大きな飛翔狼のもとに集まり、整然と位置取りする。
その並びかたには、あきらかに何らかの序列が存在していた。
ひときわ大きな飛翔狼は、アルフィーナを眺め、行ってよろしいというようにあごをしゃくった。
「分かってくれて、ありがとう」
アルフィーナはほっと息をつき、笑った。
ジェドクはアルフィーナと飛翔狼を見比べて首をふるばかりだ。
「どういうことです。飛翔狼が、言葉で説得されるなんて」
「言葉じゃない。だが、伝わるものはあるだろう。お前の荒馬だって、何も言葉は喋れないが、何をたくらんでいるのかよく分かるし、こちらの考えもよく理解している」
「たしかに」
「それに、この場所を見ろ。檻じゃない。飛翔狼たちの
ふいにひときわ大きな飛翔狼が身を起こした。
「ああ、すまない。いつまでも騒がせるつもりはなかった。すぐに出て行くから」
飛翔狼はその静かな目でじっと見つめてくる。
その目をそっと細めると、一瞬で、音もなく、アルフィーナのもとに跳んできた。
近くで見るとますます大きかった。飛翔狼はアルフィーナに顔を近づけ、じっと見つめた。
引き寄せられるようにアルフィーナが手を伸ばし、触れると、むしろもっと触れて欲しいかのように体を押しつけてきた。
その仕草から、首のうしろを掻いて欲しそうなのに気づき、そうしてみると、ますます目を細めて、体の力を抜いて喉を鳴らす。
昔のレムリアの人びとは、こうしてかれらと触れ合い、愛しかわいがってきたのだろう。
他の飛翔狼たちも、しだいに二人のまわりに寄り集まってきた。
「魔獣は長い時を生きるものですが、さすがにかれらは当時のレムリアびとが飼っていたやつじゃないでしょう。なのにどうして甘えてくるんだ?」
しだいに大胆になって身を寄せてきた飛翔狼たちに、ジェドクは後ずさりぎみだ。若い飛翔狼が、面白がるように体当たりしたり、前足をかけてのしかかったりしてくるので、倒されそうになっている。
「魔法の
アルフィーナに対する飛翔狼たちの態度は、まるでジェドクと違っている。彼女の身分や肩書きを知ってでもいるかのように丁重だった。
みるからに若そうな飛翔狼もおとなしく並んで、アルフィーナに触れてもらう順番をいそいそと待っている。
「どうでしょう。われわれもそうでしたし、そうそう友好的な出会いだったとは考えにくい」
「……説得に応じてくれたくらい賢いんだ。もしかしたら親から子へ、レムリアの人たちと楽しく暮らしていた時代のことを伝え続けていたのかもしれない」
賢い、とアルフィーナが口にしたとき、撫でられていた飛翔狼は満足そうに目を細めた。
「なあ、もしかして、このレムリアにある
「いや、さすがにそれは知らないでしょう。それに見つからないんじゃありません、私には行くべき場所の見当はついています!」
だが、アルフィーナに寄り添っていたひときわ大きな飛翔狼は頭をあげ、軽くほえた。
応じて、落ち着いた壮年の印象の飛翔狼が二頭、立ちあがった。
ひときわ大きな飛翔狼がもう一度吼えると、集まっていた飛翔狼たちはみなふたりから離れた。
立ちあがった壮年の飛翔狼たちは、広場の出口の方へ駆けていってふりかえり、道案内のかまえを見せている。
「教えてくれるみたいだ。よかったな!」
「……う、嘘でしょう?」
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