第08話 襲撃

 追いかけてきたジェドクも、畑のようすを見て顔色を変えた。

 土の上にくっきりと残る大きな足跡、熊手で掘り起こしたような爪あと、散らばった灰色の羽。


 土の匂いが立ちこめている。寸前までこの場所を耕してでもいたように。

 掘り返された土はまだ乾いておらず、黒く湿っている。

 引き抜かれた作物もほとんどしおれていない。


 アルフィーナはギミアの柄に手をかけた。ジェドクも片手で印を切る準備をする。

 たわわに実った果樹園の木々を、活き活きと生えそろった作物を、不穏な夕風がざわめかせる。


 予想どおり、音はたてなかった。

 ただかすかに、風が動いた。

 ふたりの上空から、巨大な翼を広げた灰色の姿が襲いかかってきた。


「……飛翔狼ひしょうおおかみ!」


 最初の爪の一撃を突風の障壁ではじきかえし、ジェドクはうめいた。


「知っているのか?」

「ええ。魔獣です。このあたりでは珍しい。本来はもっと北に棲んでいるはずです」

「そもそもレムリアには何も入りこめないはずじゃなかったのか?」

「そのはずなんですが、入ってましたね。しかも、二頭も」


 飛翔狼は、巨大な狼の両肩に、鷲の翼が生えた魔獣だった。

 狼といっても、かぎ爪は鋭く長く、体つきに獅子を思わせるところがある。かおだちも狼と獅子が入り混じったつくりだ。獰猛で美しい生き物だった。


 ふたりは馬首をめぐらし、さかいの柵を飛び越え、果樹園の木立の下へ駆けこんだ。

 飛翔狼たちの大きな翼は、木立のなかでは自由が利かない。

 かれらはすぐに翼をたたみ、地上に舞い降りると、みずからの四肢で地を蹴ってふたりを追いかけはじめた。


「ジェドク、飛翔狼は肉食なのか?」

「見たでしょう。野菜も食べます。何でも食べるんですよ、当然私たちや馬もね!」

「へえ、飼うときには楽かもしれないな!」


 アルフィーナは軽口をたたきつつ馬を駆りたて、木立の間を見透かした。

 ときおり強引に木々の間を抜けると、繁茂した葉が塊となって体にぶつかる。果実がばらばらと地面に落ちていく。


 唐突に果樹の木立が終わった。目の前が白く開けた。石の柵を飛び越えたむこうは、舗装された広場だった。

 それはそれは広々として、人馬入り乱れた模擬戦闘を開催することもできそうだ。

 彫刻なのか、運動用なのか、山あり谷ありの地形がなめらかに石を組んでつくられていて、本格的な戦闘訓練にも使えそうだった。

 そのあちこちに、多数の飛翔狼が待ちかまえていた。


「……追い込まれましたね」


 背後からは二体の飛翔狼が追いついてきて、即座に翼を広げ、二人の退路をふさいだ。


「どうやら、ここがやつらの巣のようです……私たちは今夜のご馳走でしょうかね」

 

 ジェドクの言葉を裏づけるように、何頭かが舌なめずりをして近づいてくる。

 一方、より年かさとおぼしき大型の飛翔狼たちは、石でつくられた山や棚の上でゆったりと寝そべっている。まるでかれらのためにしつらえられたような具合のよさだ。


 アルフィーナは気づいた。この場所は、王都の城にある、南方の猛獣の飼育室に似ている。飛翔狼はもっと大きいし、この場所ははるかに広いけれど。


「飼われて、いたのか?」

「ばかな、こんな廃墟で、誰が魔獣なんか飼うんです」

 言い返したジェドクも気づいたらしい。周囲のつくりを見まわした。

「昔のレムリアびとですか」


 なぜかれらがレムリアに侵入できたのか説明がついた。むしろ何らかの魔法でレムリアから出られないように呪縛されているのだろう。

 みやこが滅んだあとも、ここで生き続け、子を産み、代を重ねてきたのだろう。


 アルフィーナは、特に高い場所に君臨する、ひときわ大きな飛翔狼に目をとめた。 

 かれ、ないしかのじょの目はとても静かだった。

 まわりの若い飛翔狼たちが歯を剥き出し、うなり、威嚇しているのに対し、ただアルフィーナたちを見定めるかのようだ。

 その瞳は、野蛮な獣には見えなかった。深く物を思うような憂いがあった。


「そこのあなた」

 気がつくとアルフィーナは声をかけていた。姿勢を正す。

「あなたがたの住処すみかを騒がせてしまって、申し訳なかった。このとおりお詫びする」

 アルフィーナはひらりと下馬し、あらためて丁寧に礼をした。


「アルフィーナ様!」

 ジェドクが荒馬を寄せてかばいにきた。


「何してるんです、飛翔狼は言葉を話せません! 話したって、通じませんよ!」

 

 その叫びを裏づけるように、ひときわ大きな飛翔狼が吼え声をあげた。

 とたんに若い飛翔狼たちがアルフィーナに飛びかかってきた。

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