第07話 廃都レムリア
アルフィーナとジェドクは、馬上から
すでに午後も遅い頃合いだった。わずかに色づいた日差しが、圧倒的な高さでそびえたつ城門を照らしている。
城門の大扉の片方は失われ、もう一方も崩れかけていたが、往年の威風は失われてはいなかった。
これほどに風化してもなお、不思議な威容に満ちている。
アルフィーナもジェドクも、しばらく言葉がでなかった。鈍い色合いの空を背景にそびえる城門をいつまでも見上げていた。
城門や城壁に刻まれた無数のレリーフ、その複雑で洗練された呪紋の名残りを読み取って、ジェドクは驚いているようだった。
アルフィーナは、半ば崩れてもなお残る城壁の驚くべき高さや堅固さ、そして防衛戦略的にも今でも充分通用するつくりに息を呑んでいた。
かつて魔法の技で栄華を極めた王国の力は、数百年の時に洗われても失われてはいなかったのだ。
「レムリアの城門って、魔法の力でいろいろ護られていたんだったな」
「……ええ」
「じつは今もそれが生きてたりして」
「かも知れません」
さしものジェドクも真剣だった。顔が青ざめている。それを痛快に思う余裕もないほど、アルフィーナも畏れを感じていた。
「通って大丈夫かな……?」
「だといいですね」
ジェドクはもう一度城門を見あげ、
「壊れているはずです、間違いなく」
それでも不安は消えないようで、印を結んで呪文を唱える。防御の魔法だった。
「そうだ、ギミアの力で護ろうか?」
アルフィーナが剣の柄に手をかけると、ジェドクは慌てて魔法を中断させて首をふった。
「やめてください! どこにどんな魔法が残ってるか分からないんです、反応して爆発しても知りませんよ!」
アルフィーナは大人しく剣を鞘におさめた。ジェドクの魔法が再開され、薄紫のエネルギー障壁が二人を包む。
「い、行きますよ……!」
二人並んで馬をすすめ、息をとめて城門をくぐった。
× ×
城門がはるか後ろになっても、二人は口をきかなかった。
防御の魔法の効果が切れ、薄紫の防壁が消えうせたのを合図に、二人同時にどっと息をついて体の力を抜く。
「何ともなかったね」
「そのようですね」
「無事でよかった」
「まったくです」
ようやく、あたりを見回す余裕ができた。
レムリアは、すべてが白い石でつくられた街だった。
その白もひとつではなく、純白、赤みがかったもの、青白いもの、淡いクリーム色、灰色といえそうなものなど、さまざまな色合いの白を組み合わせて使っている。
建物の多くは崩れているが、石の種類やつくりによっては、完全に近い形が残っているものもあった。
どれも石を組んでつくったとは思えないほど曲線的でなめらかなかたちで、柱や壁や扉はさまざまなレリーフがついていた。鳥や花などの分かりやすいものも、何かの象徴のような不思議な模様もある。
その一部は、単なる飾りではなく街そのものに作用する呪紋だと、ジェドクは説明した。擦りきれているのですべてを読み取ることはできないが、レムリアでは生活にかかわる水や火や明かりが魔法の力で供給されていたらしい。
彫刻もたくさん飾られていた。人間のかたちをした物は少なく、不思議な人とも獣ともつかない、それどころかどんな生き物とも異なる姿かたちをしている。
「何の彫刻なんだろう?」
アルフィーナは馬を止め、じっと眺めた。魚のように見えるが、ごく短い手足のようなものも生えている。大きなあご、丸い目玉、こんな生き物と水中で出くわしたら、びっくりして水を飲んでしまいそうだ。
そう思ったとき、実際に耳に水のせせらぎのような音が聞こえた。
「……え?」
アルフィーナは顔をあげ、見まわした。あたりは白い石の街並みが連なるばかりだ。水路だったらしいものも、噴水池だったはずの場所も、すべてからからに乾いていて、隅のほうに枯れ葉が溜まっているだけだ。
だがふたたび、深いところから水が湧き出すような音が聞こえた。
ひんやりとした水の感触、揺らめく柔らかな光。体のすべてが包みこまれて、水の底に沈んでいって――。
「アルフィーナ様?」
アルフィーナは目を見開いた。すべては消えうせて、白い街並みを風が吹きすぎる音が響くばかりだった。
「何をぼんやりなさっているんです。こんなところで私から離れないでください」
ずいぶん先に行ってしまったジェドクが、馬首をめぐらして戻ってきた。
「あ、ああ、すまない」
アルフィーナは素直に応じ、馬を進めた。
子供向きの公園だったらしい場所には、動物の彫刻がたくさん並んでいた。
その一体は、どうみてもジェドクの豆入りクッキーに呼び寄せられたロバのような怪物を、愛嬌のある姿に美化したものだった。
むしろあの怪物の方が、魔力か何かの作用で醜く変化したのだろう。
街路も町並みも計画的につくられたようで、整然としていた。
ジェドクは方位の魔法をつかって東西南北を常にたしかめながら、周囲の建物を確認する。
革表紙の帳面を開いてひとりうなずき、迷うことなく道を選んで馬を進めていった。
アルフィーナはギミアの柄に手をかけて、周囲から怪物や獣が襲撃してこないか警戒していたが、レムリアは静かで、風の音が響くばかりだ。鳥の声さえしない。
地面などに目を向けても、生き物が入りこんでいる気配、たとえば糞などは見当たらない。
「おそらく、防御
野生の植物がはびこっているようすもなかった。
しかし、いくつかの花壇には今も誰かが手入れしているかのように色鮮やかな花が整然と咲いていた。
別の邸の裏手には、豊かに葉の茂った果樹がならび、見知らぬ黄色い果実をたわわに実らせていた。
菜園らしき区画にいたっては、誰も取り入れることのない青々とした何かの作物が活き活きと育っている。
「これも呪紋の力ですね。糧食は充分持ってきましたから食べたりしないでくださいよ」
「誰が食べるか、気味が悪い!」
アルフィーナは怒鳴りかえし、ふと空気の匂いをかぎなおした。
果樹の爽涼な匂い、作物の青臭い匂い、そして動物の臭気。
菜園にはあたりまえの匂いの混合なので、一瞬気づかなかった。
ここに家畜はいない。
果樹も作物も、魔法の力で育ち、肥料など与えられていない。
動物の臭いがするはずがない。
「……ジェドク」
「はい?」
「何かいるぞ」
「え?」
アルフィーナは菜園の奥へと馬を進めた。そして見つけた。誰も取り入れることのないはずの作物が荒らされている一角を。
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