第06話 転移の門

 建物のなかは薄暗く、がらんとした箱のようだった。

 割れ目や穴から外の光が差しこみ、巨大アメンボが自由に出入りして天井の高みを翔びまわる。

 埃にまみれた全身鎧が、赤く錆びついて半ばくずれ、広間のあちこちに転がっていた。

 中央に、丸い噴水池のようなものがあり、碧く透明に輝く水がゆらゆらと揺れる。 

 天井から池に向かって、不思議な青い光が円柱状にふり注いでいる。


「どうだ、動きそうか、ジェドク?」

 アルフィーナは周囲を見張りながら、光の噴水池を調べるジェドクに声をかけた。


「魔法の力は生きていますね。だいたいこの手の魔法は、何よりも安定に特化してかけられていることが多いんです。たとえ建物がなくなっても、魔法の転移門てんいもんだけ生き残っていることも珍しくない」

「もしかして、よく神隠しの場所っていわれるところって、そういう古い門が残ってたりするのか?」


 ジェドクは弾かれたように向き直り、アルフィーナをまじまじと見た。やがて何とも憎たらしげに眉をあげ、口元をゆがめる。


「いやいや、これは驚いた。あなたにしては、ずいぶんと賢いじゃありませんか」

 アルフィーナが頬をふくらませると、ジェドクは高らかに笑い、立ちあがった。


「この門は安全です。行きましょう、アルフィーナさま」

「行くって、どうやるんだ?」

「この光の池が転移門てんいもんなのですよ。馬といっしょにこの中に入れば、瞬きひとつで」


 ジェドクは率先して荒馬を引き、池のへりのきざはしをあがって、光が揺らめく水面に足を踏み入れた。


「……別の場所に移動できます」

 腰まで水につかったジェドクの声がむなしく響いた。


  ×    ×


「ばかな、いったいどういうことだ。魔法の力は生きている、門はどこも壊れていない。どうして使えないんだ……!」


 ジェドクは、濡れた衣を魔法で乾燥させるのもそこそこに、さらに門を調べつづけた。アルフィーナがそこにいるのも忘れたように、いらいらとした呟きを漏らしている。


 何もすることのないアルフィーナは、建物のなかを見てまわった。長い年月に壊されてはいるものの、かつてこの場所に多くの富裕な旅人たちが訪れていた名残は見つかった。


 壁に刻まれた精緻な彫刻、床も滑らかな石で組まれている。一段高いところにしつらえられた石のベンチは、とくに大金持ちの旅人が寝そべって、奴隷にあおがせ、さして疲れてもいない体を休めている姿を想像させた。


 転移門の池のそばには、身の丈ほどもある石柱が立てられている。

 顔の部分が壊れた女精霊のレリーフは、丁重に客を迎えるかのように片手を胸にあててひざまずき、もう一方の手でどこかを指し示していた。


 つられてそちらを向いたアルフィーナは、床からへそのように短く突き出た円柱に気づいた。

 てっきり丸椅子だと思っていたが、よくみると表面に迷路のような細かい模様が彫りこまれている。

 まわりの床の石組みも、円柱を中心にした図形を描いていた。


 円柱のてっぺんには、切れこみのような細い穴が空いていた。思いついて横腹を叩くと、どうも中は空洞らしい。

 アルフィーナはさらに円柱のまわりを調べ、石組みのひとつが仕掛けになっているのを見つけた。押しこむと、円柱が倒れながらずれて、中がのぞいた。


「宝探しですか、アルフィーナ様。とっくの昔に誰かが見つけていますよ」

 作動音を聞きつけたジェドクがいらいらと向き直り、だが手詰まりだったせいか近づいてきた。


 円柱の内側はやはり空洞だったが、何も入ってはいなかった。ジェドクが勝ち誇ったように鼻を鳴らす。アルフィーナは頭をつっこんで奥を探った。よく見ると、大型の金貨が一枚、隅のほうに転がっていた。


「おやおや、残り物には福があるというところでしょうか?」


 アルフィーナが明るい場所に取り出すと、その金貨は古いには古かったものの、それほど古いものではなかった。アルフィーナの曽祖父の時代の最高額通貨で、ジェドクは額に手をあてて笑い転げた。


 だがアルフィーナは金貨をじっと眺めると、もう一度円柱の内側をのぞきこんだ。空洞の底を手でさぐる。さきほど探ったときもそうだったが、石のざらつきではなく、何か彫りこまれているようだ。


「ジェドク、これは呪紋じゅもんか?」

「ええ、ああ、擦り切れているようですが、そうですね。意味は、解読しないと分かりませんが」

「その必要はない、わかった!」


 アルフィーナは即座に仕掛けを操作し、円柱を元どおりに立てた。ジェドクが手を挟みそうになって、大慌てでひっこめる。


 アルフィーナは、円柱のてっぺんに刻まれた細い穴から、先ほどの金貨を落としこんだ。とたんに円柱が震えだし、周辺の床の模様が碧い輝きを放った。


「これで使えるはずだ、行くぞ!」


 アルフィーナは乗馬を口笛で呼び寄せ、ともに光の池に突進した。

 きざはしをあがり、水面に踏み出し、身を躍らせた瞬間、アルフィーナと愛馬の姿は消えうせた。


「……料金、ですか。なるほど」


 ジェドクは光の池と円柱を見比べ、肩を落とした。荒馬の手綱をとり、光の池のきざはしをあがり、水面に踏み出した。


「……しかしまた、ずいぶんとお高い」


 また腰まで水に浸かったジェドクは、自分のぶんの料金を入れるべく、円柱の仕掛けを操作して、アルフィーナが入れた金貨をとりだした。

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