第04話 廃都を目指して
「だからと言って、すぐに出発なさるとは思いませんでしたよ、アルフィーナ様」
ジェドクは何度目か知れない文句をぶつぶつと言った。それでも、軽やかに白馬を駆るアルフィーナに楽々とくつわを並べている。
ジェドクの乗馬は魔物の血が入った意地の悪そうな荒馬だった。シルヴァン族のなかでも選りすぐりの騎手だけが乗れる馬だったが、この魔術師も平然と乗りこなしている。
さらに、馬の身体を強化する魔法、空気や地面がもたらす負担や、騎手の疲労を軽減する魔法など、できる限り重ねがけしていた。
アルフィーナの乗馬には、ギミアに導かれた精霊の力が宿っている。
この馬に匹敵するだけの速度が出せるのは、おなじく精霊の力の宿るオーガンの愛馬だけだ。
オーガンの愛馬はオーガンしか乗せない。通常の馬では、精霊の加護に匹敵するほどの強化魔法にはとうてい耐えられない。
この探索に同行するのは、ジェドクだけだった。
ロンをはじめとする戦士たちも同行を望んだが、今のオーガンは戦力にならない。シルヴァイン砦の防備が何日も手薄になってしまう。
伝説の剣ギミアを持つアルフィーナの力と、ジェドクの魔法の力を合わせた戦力は、シルヴァン族の戦士の一団の力をはるかに上回る。
とくにギミアは絶対の切り札であり、最速で動けるふたりの方が目立たず、危険は少ないと皆の意見がまとまり、アルフィーナたちは出発した。
シルヴァインの森を出るまで、見張りたちが見守っていた。
目指す
のちにギミアの継承者のひとりが魔族を追い払ったものの、その戦いの影響で、湖が奇怪な魔物の巣窟と化してしまった。
周囲の土地も、多くが荒地や湿地帯になっている。すでに訪れるものもなく、時とともに風化していくだけの場所だった。
「結局こんな風にしてしまって、いったいどうしようというんだろう……」
かつては豊かな穀倉地帯だったはずの荒地を駆け抜けながら、アルフィーナは愛らしい顔を曇らせた。
「何がおっしゃりたいんですか?」
「こんな風に荒らしてしまうくらいなら、無理やり争って取り戻すことはなかったんじゃないか。魔族だって、支配しているかぎりはこうはしなかったはずだろう」
「殺されたレムリア王国の人びとの無念は晴らされたんじゃないですか」
「晴れた……んだろうか」
「知りませんよ」
「そうだな」
アルフィーナは力なく微笑んだ。ジェドクはそんなアルフィーナを横目で眺め、うっとうしげにため息を漏らした。
「そもそもレムリアが滅ぼされたのは、その魔族の故国をレムリアの軍勢が踏みにじったからでしょう。ようするにおあいこじゃないですか」
「いや、たしかその前に、その魔族の故国の兵団が、レムリアの国境地帯の村々を略奪したりして……。略奪のお返しに国土を踏みにじったのか……」
アルフィーナは痛ましげに目を細めた。
「ばかばかしい。考え出したらキリがないですよ。いいですか、魔族と人間は敵なんです。互いに憎みあっているんです。そういうものなんです。正当な
ジェドクは肩をすくめ、アルフィーナをふりかえった。
「だからあなたのような方が必要なのですよ。当代のギミアの継承者さま?」
「でも……そういう時代だなんて、そんな風にあきらめてしまっていいのか」
「じゃあ、もっと素敵な時代でも築いてみたらいかがです? 黄金の勇者アルフィーナ、あなたは伝説の剣の継承者で、一国の王女様、王位継承者でもあるんですからね」
「うん。だから考えてるんだ」
アルフィーナが真剣にうなずくと、ジェドクは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。アルフィーナを見かえす顔は、限りなく優しい嘲笑を浮かべていた。
「なんて素晴らしいお考えだ。ぜひともやってみたらいい。私は遠くからででも暖かく見守ってさしあげますよ」
「見守るくらいならいっそ協力してくれ」
アルフィーナは頬をふくらませた。
「たいへんに結構なお誘いですが、そのようなお役目、私には務まりません。私はシルヴァイン砦でまじめに働いて、素敵に面白い蔵書と特製の豆入りクッキーを堪能するぐらいが身の丈にあっているんです」
ジェドクは片手で腰のポーチを開いて、何かつかみ出して口に運んだ。
豆入りクッキーだった。糧食とは別に道中のおやつを持ってきたらしい。
「こんなところで食べ物の匂いをさせたら、意地汚い怪物が寄りついてくるぞ」
「豆入りクッキーにつられるような怪物なんて、たかが知れているでしょう」
「ふうん、そうか?」
アルフィーナはにっこりと笑い、すばやく馬首をめぐらせながらあごで指し示した。
ジェドクはつられたようにそちらを見やり、ぎょっとしたようにのけぞった。
とてつもなく頭のでかいロバのような醜い四本足の怪物が、巨大な口から滝のような涎を流し、黒い鼻息を荒らげ、ものすごい悪臭とともに迫ってくる。
――ジェドクが荒馬を必死に御しながら助けを求めるまで、アルフィーナは離れた場所から暖かく見守っていた。
× ×
まるまる一昼夜分を駆けぬけて、二人は死の湖にほど近い、沼地の森に到着した。
黒々とした木立のなかは湿っぽく、腐臭が漂っている。乗馬が脚を取られぬよう、ふたりとも馬から下りて引いて進んだ。
ときに足元が深くめりこむほどのぬかるみは、日が充分に差しこまないというのに、不気味に靴底になまぬるい。
粘液じみた水溜りや流れがふつふつとガスの泡をたて、その奥で何かがバシャリとはね、波紋を描いて水面下を泳ぐ。
苦悶するかのようにねじれた木々がどこまでも続く。前方にわずかな光と空気の流れを感じて、ふたりは足をとめた。
緑に沈んだ泥沼が、大きく広がっていた。
よじれあう梢の隙間から、薄布のような金色の光がさしこんでいる。
巨大なアメンボのような
錆びついた鎧で全身をかためた戦士たちが、沼のなかをさまよい歩いている。ときおり周囲を見まわす仕草からして、見張りの役目ではあるらしい。
だが亡霊めいて覇気がなく、互いに互いの盲点を埋めようとする動きもなく、機械仕掛けの人形のようだ。
泥沼の中心には、苔むした石造りの建物が建っていた。
「……あの小さい城みたいのがそうなのか?」
木陰からようすをうかがいながら、アルフィーナはささやいた。
「ええ。レムリアの都へと通じる魔法の
このあたりはこのとおり、すっかり泥沼と化しております。いまやだれであれ、あれを利用しないことには、レムリアに近づくのは困難でしょう」
ジェドクは眉間にしわを寄せる。
「……気をつけましょう。魔法の防備が、いまだに生きているようだ」
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