第02話 銀の護り手の異変

「このとおり、若様は魔族のやからの血の呪いにかけられ、このようなお姿に……」


 ロンはうつむいた。

 ガラスの天蓋ごしに豊富な光がふりそそぐ日光浴室で、アルフィーナはオーガンとともにテーブルで向かいあっている。


 このガラス張りの日光浴室は、王都の貴族や富裕な商家などで普及している、婦人たちのための部屋だ。

 細君を溺愛してやまないシルヴァンの族長は、十年ほど前に王都を訪れたとき、まだ流行りはじめたばかりだったこの部屋を知ると、シルフ家の家計をみなおし、新たな交易相手とルートを開拓し、シルヴァン族ごと潤わせるところから始めて費用を捻出し、最新の設備を族長の館にこしらえたのだった。


 実は細君自身は、最新流行にはさしたる興味を持たない人なのだが、夫の愛ゆえの贈り物は、いつも笑顔で受け取った。新しいものには、実際に触れてみると、それまでにない良さがあると喜び、シルヴァン族の流儀で自由に使いこなした。


 この日光浴室も、シルヴァン族においては女性専用と限定せず、豊富な明るさを生かしたあらゆる作業に解放されていて、男性も平気で出入りしている。

 しかし、オーガンは、子供のころから決して足を踏み入れようとはしなかった。

 武具の手入れや、細かい作業で、どれほど手元が暗くて難渋しても、ふつうの日なたで作業して、風に飛ばされたり、砂埃がくっついたりするたびに悪態をついていた。


 だが今オーガンは、平然とこの部屋に入り、優美な手つきで茶器を口に運んでいる。

 テーブルの上に並んでいるのは、これも族長が王都で仕入れてきて料理人たちにマスターさせた、軽くて甘いきれいな菓子ばかりだ。

 オーガンは決してこれらを口にしなかった。子供のころから、茶に何も入れず、渋面で飲み下していた。


 オーガンは自身の美貌を心から恥じて嫌っている。父親は熊のような巨漢で、母親は知的で優しい顔立ちをしているのに、まったく似ても似つかない。

 だが、シルヴァン族はもともと精霊の血を引く一族であり、とくに長を務めるシルフ家にはその力が強く受け継がれてきた。

 強い魔力、風や大地の声をきく力、水を操る力、そしておそろしいまでの美貌。

 オーガンは、その美貌のみを受け継いで生まれてきた。


 美貌だけでも悪いことではないと、父母や長老たちから散々に諭されても、鏡を見るたびに怒りを募らせ、誰よりも強く勇敢に、幼いころから向こう見ずな行動を繰り返し、武術の鍛錬も命がけでしてきた。

 そこまで熱心に鍛えてきたのに、二十一歳になった今でも体はほっそりとしたまま、顔だちも美女のままだ。


「若様は魔族のやからと互角に渡り合っていたのですが、あの魔族の奴、よりにもよって……こともあろうに若様に向かって『そのていどか、お嬢さん』と……!」

「く……なんと汚いやつ!」


 オーガンは油に火をつけたように逆上した。

 魔族はその隙をついてオーガンにみずからの血を浴びせ、呪いをかけたのだ。

「お嬢さんはおしとやかなのが一番だよ」と。


「魔族め……よくもオーガンを……!」

 アルフィーナは拳を握りしめた。


「どうかして? アルフィーナ?」

 オーガンは小首をかしげて、アルフィーナを見かえす。巻き毛に仕立てた碧い髪を揺すり、長いまつ毛をしばたたかせる。

 自分のことが話題になっているのに、詳細がまるで聞こえていない。

 半ば違う世界を漂っているようだ。


「しかしアルフィーナ様。魔族の血の呪いは本来恐ろしいものです。おぞましい虫や凶暴な獣に変身させられたり、邪悪な心を植えつけられたりして、取り返しのつかないことになるよりは、このように善良で上品なご婦人の心に変わるぐらいで済んでよかったのではないかと……」


「そうもいっていられないだろう!」

 アルフィーナは、オーガンの姿を上から下まで、とくに足元を見る。

「こんな小さな靴を履いていたら、足がどうかなってしまう……! 他にないのか?」

「それしかなかったのです」

「むしろ、一足も無かった方がマシだったな……」

「それはそれで……我々があらゆる場所をひっかきまわしてそれらしいものを見つけるまで、屈辱のあまり血を吐いておられました」

「いったい、いつの時代のどんなお嬢様だ。ドレスの方もか?」

「はい、これほど古びたひどい虫食いでも、このような型のドレスだけをご所望で……他の服では血を吐いて嘆き続けるのです」


「魔族のやつめ、適当な知識で呪ったに違いないな。髪型や髪飾りも、あちこちの時代のが全部まぜこぜで、すごいことになっている」

「お判りになりますか、アルフィーナ様」

「一応王女だからな、貴婦人の肖像画ならあちこちで見てるし、ご先祖のも城にいっぱい飾ってある」

「若様がご納得いただくまで、奥様や侍女たちが知識の断片を持ち寄り、あれこれ試行錯誤した結果、こうなりました」

「まあ、これは、他にくらべたらまだマシなのか……?」

「重すぎ引っ張りすぎで負担になるのか、吐き気やめまいをしばしば起こされ、時に倒れます」

「地味に嫌だな」

「今、大急ぎで、若様の足に合う、似た形の靴を用意し、似た形のドレスも仕立てております。痛めた足は、奥様の治癒術で都度どうにか……」


アルフィーナは、オーガンとは十年近い付き合いだ。いったい、今の彼にもともとの意識があるのかどうかは分からないが、たとえなかったにしても、これは彼にとって何重にも酷すぎる。


「はやく呪いを解く対策を考えないと……オーガンをこのままにはしておけない!」

「ご安心ください。すでに相談役そうだんやく魔術師のジェドク殿が、館の蔵書室に入り、日夜調査中でこざいます」

「相談役魔術師?」

「森の外に出たシルヴァン一族の血縁で、その縁で当家に仕えている者です。年は若いのですが、知識と技術は大変に優れております」


「もしかして、あの魔術書コレクションが読めるのか?」

「はい、まさしく頼りになっております。ご心配にはおよびません」

「そうも言っていられるか。調べている……というか、新式しんしきの魔術書を調べられるのは、そのジェドクって人だけなんだろう?」

「我々シルヴァン族は失われし古式こしき魔術の継承が役目ですので……誰も新式の魔術なぞには詳しくありませんし、粗暴な暗黒語は読めませんから……」

「私ならどちらも少しは分かる。よし、そのジェドクって人を手伝ってこよう!」

 ロンが何かをいうひまもなく、アルフィーナは蔵書室に向かって駆けだしていた。


「あのう、だからと言って、アルフィーナ様が行かれても、何かの足しになるとはとても思えないのですが……」

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