第3話 雪に埋もれた街で


「800メートル先に野生の牛がいるわ」

「わかった、不可視の手インビジブルタッチで拘束するね」

 ティモテは不可視の手インビジブルタッチで野生の牛を動けなくする。

 その野生の牛の頭の中にチェルシーは思念の手を伸ばした。

お眠りなさいスリープ

 ティモテとチェルシーは800メートル先に瞬間移動テレポートして成果を確認した。

 足もとには体長2メートル以上ある野生の牛が横たわっていた。

「こんなに簡単に捕まえちゃった。わたしたちってすごくない?」

 ティモテがはしゃいだ声を上げた。

「そうね。以前だったら考えられないわね。あたしたちが魔法のような力を使えるなんて」


 三カ月前、雪の中で死にかけていた彼女たちはマイクに助けられた。マイクは魔力の無くなったこの世界で生きていく方法を教えてくれた。

『魔法が使えないのなら、他の力を使えばいい。君たちにとっては新たなる力かもしれないけど、僕らにとってはとても慣れ親しんだ力なんだよ』

 簡単そうに言うマイクの事を、当初彼女たちは全然信用していなかった。

 しかし、マイクの教えを受けて、チェルシーとティモテは新たなる力を身に着け、その力をぐんぐん伸ばしていった。

 アシャーとニックとピーターも彼女たちほどではないにしろ新たなる力を使えるようになった。



 捕らえた野生の牛といっしょに塔の入り口まで瞬間移動テレポートした。

 象牙色の塔ーーロスト・タワーと呼ばれているこの塔は、かつて人の介在を許さない人跡未踏の塔として有名だった。ロストテクノロジー、この世界にはない技術で建てられた塔は、壊れてしまった世界でも揺らぐことなく聳え立っていた。

 地上部分だけでも400メートル以上の高さがある。

 塔の地下には広大なプラントがあり、野菜の栽培や動物の飼育などが行われていた。

 現在、塔には5万人以上の人間が住んでおり、そのほとんどがこの世界の住人で、マイクたちが集めた魔力の無い人たちだった。

(世界が崩壊する前からこつこつと集めてたっていうんだから驚きね)


 チェルシーたちは捕らえた野生の牛を動物プラントの担当者に渡して、塔の管理部に顔を出した。

「ただいま、マイクさん」

 チェルシーが挨拶をするとマイクは書類から顔を上げた。

「おかえり、成果はあったかい?」

一昨日おとといはウサギ、昨日きのうはシカ、今日は野生の牛を捕まえたわ」

 彼女たちは地表に生き残った動物たちを捕まえてはプラントに持ち帰っていた。

「そうか、順調そうでなによりだ。若い子たちの伸び幅ってすごいね」

「あはは。マイクさんったらお年寄りみたいなこといってる」

 ティモテがからかった。


 マイクの隣には補佐のヒイラギとピーターがいた。二人とも黙々と各部署から上がってくる書類のチェックに忙殺されていた。

 黒髪のヒイラギは、アシャーと同じくらいの年齢だった。


 仕事が終わった後ピーターと一緒に居住区へ向かって歩きながら話をした。

「マイクさんの部下と言ったら聞こえはいいけど、仕事の内容は雑用と使いッパシリだよ」

 ピーターはデスクワークがあまり苦にならない様子だった。

 あたしには無理かな。体を動かしているほうが性に合っている。適材適所? だよね、とチェルシーは思う。

瞬間移動テレポートなんて宮廷魔術師レベルじゃないと使えない魔法だよ。それがたった三カ月で使えるようになるなんてすごいよ。僕なんか小さなものを動かしたり、防護膜シールドを貼るのがせいいっぱいだ」

「最初は空中浮遊レビテーションで移動していたんだけど、瞬間移動テレポートのほうが早いかなって試したらできちゃったの。それからは瞬間移動テレポートを使って移動してるわ」

 アシャーとニックは地下のプラントで働いていた。居住場所もそっちにあるので会うのは休日くらいだ。

 5万人が暮らす塔はまるで一つの街のようだった。



 * * *



 チェルシーとティモテは、今日は雪に埋もれた街に来ていた。

 孤児院を出たときに、いくら探しても見つからなかった街も、今では容易に見つけることができる。

 この街にはつい最近まで人が住んでいた痕跡があった。だが今は誰も住んでいない。

 消えてしまった住人達、みんなどこへ行ってしまったのか。

 かつての自分たちのように、救いを求めて旅立ってしまったのだろうか。

 ひとけのない街の中を歩く。防護膜シールドは風も雪も防いでくれるので寒さは感じない。孤児院にいたときにこの防護膜シールドが使えたらどれだけ助かったか、考えてもどうにもならないことをつい考えてしまう。


「ねえ、なにか聞こえなかった?」

 ティモテはキョロキョロと周囲を見渡した。

「生存者がいるのかも。探知してみるわ」

 チェルシーは雪に埋まった街の中に思念を飛ばした。薄く広くもれがないように。そうしてちいさな影を探知した。

「あ、なにかいる。こっちよ」

 反応があった場所の近くに瞬間移動テレポートして、降り積もった雪を取り除いた。

 レンガ造りの家が現れ、壊れた入口から中に入った。ほどなくふたりは地下室に続く階段を見つけた。

「この下よ」

 チェルシーたちは地下室への階段を下りていった。


 クゥン…。


 それは地下室の隅っこに体を丸めてうずくまっていた。

「猫よ! 真っ白な猫がいるわ! すごく弱ってる」

「ああ、かわいそうに、こんなに痩せて」

 チェルシーは猫を抱き上げ、防護膜シールドにくるみ、凍えた体を温めた。

 塔に瞬間移動テレポートして動物プラントの職員に猫を引き渡したが、チェルシーとティモテは毎日猫の世話をしにやってきた。


 一カ月後、管理部を我が物顔で歩く白い猫の姿があった。

 元気になった白猫はパールと名付けられ、パールはピーターの目の前の書類の上にでんとすまし顔で居座っていた。

「こら、パール、仕事のじゃま」

 ピーターは猫を持ち上げてチェルシーに渡した。

 抱っこされたパールは頭をぐりぐりとチェルシーの胸元にこすりつけた。

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