俺がそうであるように、美月と唯も影響しあっているのだろうか。

 美月に料理を教わっていることもあって、味噌汁の味は二人はそっくりだ。美月が作ったものも、唯が一人で作ったものも、同じ味がする。

「どんどん料理、上手くなるな」

 唯を褒めると、唯よりも何故か美月が得意そうにする。

「努力の賜物だよ」

「うん。唯のね」

 本当に、二人は随分仲良くなったものだ。元々お互いそんなに話す方でもないから会話こそあまりないが、心をある程度許している雰囲気はある。

 俺には出来なくて、美月に出来ること。それは多分、香夏が俺にしてくれることと同じなのかもしれない。

 血の繋がりは他に代えることの出来ない尊いものだ。けれど他人と他人が寄り添ってわかりあう、愛し合うということも、とてもすごいことだと思う。家族は何人いたっていい。けれど愛し合うその相手は、たった一人だ。


 美月と唯を二人にして、その間に父のところへ行くことが増えた。

 香夏の為にも早くきちんとしたいという気持ちと、美月と唯に何の不安も心配もなく幸せになってほしいという気持ちと、両方あった。

 けれどどうにかして父と話し合おう、わかってもらおうと躍起になるほど、父との距離は遠ざかっていくような気がして、歯がゆい。





 秋も終わりに差し掛かって冬の空気に変わる頃、香夏からやけに複雑そうな顔をして呼び出された。

「どうした?」

 聞いてもあまり反応がなく、まごついているようだ。何かを言いたそうに口を開くのに、ぱくぱくと動くだけで言葉が音として出てこない。大人しそうに見えるわりに意外とはっきり話す香夏にしては、珍しいことだった。よくわからないけれど、待ってみる。呼び出してきたということは、香夏は何かを話すつもりでいるようだから。

 随分長い間、迷っているようだった。けれど香夏はついに意を決したように、きゅっと唇を噛み、それから口を開く。

「驚いてもいいので、聞いてください」

「うん」

 変な言い回しだな、と思う。驚かずに聞いてほしい、というのなら、小説やドラマで聞き覚えのあるフレーズだけれど。

「赤ちゃんが出来ました」

 出会った頃のような敬語で、香夏はじっと俺を見ながら言った。

 確かに、これは驚くなという方が無理だ。気を付けていても絶対ではないということを知っていてもだ。でも驚いたけれど、どこかしっくりきた。俺は香夏との『いつか』を、確かに望んでいたのだから。

「……そっか。なら、ちゃんとしないとだな」

「でも、陽影は」

「同じくらい、香夏のことも大切なんだ」

 香夏は優しい。俺にこのことを伝えるのを迷っていたのは、俺の負担になることを恐れてだろう。最悪、俺と別れて一人で産み育てることまで想定して話したのかもしれない。

 迷い、戸惑う香夏の手をぎゅっと握る。少し震えている、緊張からか冷えた俺よりも細い手。これから俺が伝えることに一切の嘘偽りはないのだと、感覚から伝わるように強く握った。

「香夏。産んでほしい。俺と結婚して、一緒に育てよう」

 息を飲むような表情。強張っていて、複雑な感情でいるのが見て取れる。大丈夫だというように、右手で香夏の頬をそっと撫でる。手と同じようにこちらも冷えていた。じわじわと俺の手の熱を吸収して温かくなっていく。それと同時にじんわりと両目は滲んで、頬にあてた手のひらに涙が伝って流れてくる。驚くほどに熱かった。

「……うん」

 小さく頷いて呟かれた言葉はどこか幼くて、心許ない。香夏はずっと俺を支えてくれる強さを持っていたけれど、それだけが彼女のすべてでも良さでもない。

 香夏の抱く不安や弱さを俺もよく知って、守っていきたい。結婚するということは、他人同士が家族になるということは、難しいことだ。血の繋がった家族でさえ、上手くいかないことが多いのに。けれど俺は香夏となら、話し合って時には喧嘩もして、それでもきっと歩んでいけると思う。脆いところも、弱いところも、互いに見せ合えて受け入れていけるから。

 みんなで笑って、家族になりたい。無力を嘆いている暇なんてないのだ。

 季節はもう、冬になる。



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