夏
「都宮さん、これお土産」
墓参りの帰りに買ったお土産を、都宮さんに渡す。今日は俺から食事に誘ったからか、都宮さんは普段よりそわそわして落ち着きがなかった。けれどそのお土産を見た瞬間、ぱあっと表情が輝く。とてもわかりやすい人だ。
「わあ、ありがとうございます!」
「大したものじゃないよ」
謙遜でも何でもない、事実だった。そこまで喜ばれるほどのものではない。
「いえ、貰えるということが嬉しいんです」
都宮さんはにっこりと笑う。その表情に嘘はないように見える。良い子なんだろうなとは思う。
「都宮さん、今日は話があって呼び出したんだけど」
「はい」
お盆に墓参りをしてから、俺は心に決めた。唯のことを、父のことを、必ずどうにかするのだと。その為に時間を使うのだと。
唯の側には今、美月がいる。だからこそ俺は、父と向き合って話し合い、説得をしなければならない。唯への暴力のこと。それから病院に行こうということ。診察を受けていないからまだはっきりとはわからないが、父は恐らく精神を病んでいる。これまで何度も話し合うが中々通じず、いつもお酒を飲んでいた。飲み過ぎていて、体の方も心配だ。あんな状態でも、父だ。かつての優しかった父のことをよく覚えている。本来、優しい人なのだ。だから俺が支えたい。
「俺はやることがあるから、都宮さんとの時間を取れない」
美月が言っていた。期待を持たせるのは良くない、と。俺もそう思う。
都宮さんは良い人だ。だからこそ、付き合う余裕がないのなら、きっちりしておかなければならない。……こんな風に考えている時点で、俺は結構都宮さんのことを好きになっているのだろうなとは思う。曖昧にしたくないのは結局、自分の為でもある。
「はい。わたしのことは、後回しでいいですよ」
都宮さんはあまりにもすんなりと、そんなことを言った。何でもないことのように。
俺が呆気に取られていると、都宮さんは柔らかく笑う。
「詳しく事情はよくわかりませんが、時和さんは結構、焦っているようには見えていました。……まあ、そういうところが気になってしまっているわけなのですが……つらくなったら、わたしのところへ来てくれませんか?」
「……え?」
「一人で抱え込まないでください」
都宮さんは静かに微笑む。この人は本当に優しい人なんだな、と思う。同時に、俺はこの人のことが好きだと。
「俺のどこがいいのか、わからないな」
「ふふ。器用そうに見せて意外と不器用っぽいところとか、ですかね。目が離せなくなりました」
思わず苦笑する。こんな展開になるとは予想もしていなかった。多分俺は、都宮さんには敵わない。
その日から、互いに名前で呼ぶようになった。
付き合うようになってからも俺が唯のことを最優先にしていることは変わらなかったから、仕事以外で外ではそう頻繁には会わなかったけれど、それでも香夏は良いのだと笑っていた。何も返せない俺なのに、どうしてかいつも、やたらと幸せそうに。それがどれほど、俺の支えになったことか。
それからも、何度も父と話に行った。
荒れた部屋を片付けて、話をして、時には叫ばれて殴られることとあったけれど、この人は実の父親だ。見捨てるなんて選択肢はない。唯にとっても、どんなに今は怖くても、たった一人の父親なのだから。
心無い言葉を浴び、殴られることがつらくないわけじゃなかった。それでも諦めずに父との対話を続けられているのは、香夏がいてくれることが大きいと思う。
夏の影もすっかり消えた、秋のはじまり。
「すべてが片付いたら、俺の時間は全部香夏にあげるよ」
降参だった。俺は香夏が好きだ。もう香夏がいない人生など考えられないほどに。だから一つ、約束を交わした。
香夏は嬉しそうに笑ってくれた。この世界中すべての幸せを詰め込んだみたいに。
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