二月



 休日になり、仙台へ行く。いつも通りの待ち合わせ場所には唯はいなかった。

 唯のアパートに行ってみる。

 インターホンを押しても反応はなく、携帯電話で電話を掛けても出ない。メールの返事も返ってこなかった。この程度は、予想していたことだ。

「唯。喫茶店で待ってる」

 扉越しに唯に話し掛ける。相変わらず応答はない。ただ、恐らく部屋の中にはいるだろうと思った。念の為メールでも送っておいたけれど、元々唯は出掛けるより家にいる方が落ち着くようだったから、基本的にはここにいるだろう。

 でも流石にずっと僕がここにいるわけにはいかない。知り合いといえどもずっと扉前で出待ちをしていたら怪しいし、唯にとっても負担になる。

 陽影は唯の部屋の合鍵を持っていたけれど、あれはあくまで陽影のものだ。僕がそれを勝手に使うわけにはいかない。

 仙台駅近くへと戻り、喫茶店に入る。少しレトロで物静かな雰囲気の喫茶店だ。ここは唯と陽影と何度か訪れたことがあるし、僕を含め全員がこの穏やかな雰囲気をとても気に入っていた。だから喫茶店といえばここだとすぐにわかるだろう。

 店内にはカノンが流れていて、僕は奥の方の席に座る。コーヒーを注文して、鞄から本を取り出す。最初から長期戦の構えなのだ。





 人は確かに、感情を維持し続けるということが出来ない。

 現に陽影が死んでしまったあの夜に比べて、僕は大分落ち着いてきた。悲しいし、つらいし、泣こうと思えばきっとすぐに泣けるけれど、目の前が真っ暗になるような絶望感は少しずつ緩和し、周りに目を向けることも出来るようになってきた。

 僕は生きている。時間は流れている。そのことは寂しくて悔しいけれど、だからといって僕の中の陽影の存在が薄まるのかといえば、それは違う。陽影の場所が僕の心にすっぽりと空いていて、そのままでいる。まだ当たり前のように側にいる姿を思い描けるというのに。それが時折ひどく、ひどくつらい。それでも僕は呼吸を続けていて、心臓は動いていて、生きているのだ。

 感情を続けることが出来なくても、いつか何故あそこまでの激情を抱いたのかその感覚をなくしてしまっても、あの夜感じたあの絶望を、空白を、僕は決して忘れない。何も考えられなくなるほどの感情に支配されたことを、きっと僕はいつまでだって覚えているだろう。

 人を好きになり、大切と思うこと。

 生きているのだから、いつか必ず別れは訪れる。それが今日なのか明日なのか、一年後なのか何十年後かなのかはわからない。それでも自分の人生においてこの人だと、そう心に決めた相手が出来たら。その人をいつか亡くした時、美化もせず、風化もせず、ありのままを覚え続けていくこと。それが大切に思うということなのかもしれないと、そう思った。

 都宮さんはその覚悟でいるのかもしれない。僕もまた、そうありたいと思っている。そのままの陽影を、ずっと覚えていたい。

 それはまるで陽影の好きな石のようだ。長い年月を掛けて、緩やかに、少しずつ。僕が陽影にとってのアゲートなら、その中に抱えた記憶を何年何十年経ったとしても、変わらずに守り続けていこう。あの水入りメノウのように。





 休みの度、同じことを繰り返した。

 唯からの反応はなく、連絡も取れない。ちゃんと食べて眠っているのか心配だったけれど、陽影の気持ちを唯は無碍にはしないだろう。

 そして一ヶ月以上唯に会えない日が続いて、もう三月になろうとしていた。



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