十月



「というわけで、仙台クラシックフェスティバルに行こう」

 じゃーん、と効果音をわざわざ口に出しながら、陽影は自慢げにチケットを見せてくる。

 仙台クラシックフェスティバル。名称は聞いたことがある。けれど実際に僕が行ったことはなかった。

 仙台市内で三日ほど行われる、たくさんのクラシックのコンサート。僕は仙台市民ではないし、噂で聞いたくらいの知識しかない。

「あれ、知らない?せんくら」

「知ってる。毎年、コマーシャルやってるし」

 反応の薄い僕を見て陽影はちょっと不安そうにしていたけれど、知っていると聞いて安心したらしく、再びニコニコと笑顔になった。

「そうそう、そのせんくらだよ。コマーシャル見て三人で行こうと思ってさ、前にチケット取っておいたんだ。なんとほら、地下鉄一日乗車券もここにある」

「それで、今日は唯の家に向かわずに駅に来たのか」

「そういうこと。十四時過ぎからのチケットを取ったから、どこかでお昼食べてから向かおう」

「というか、クラシックのコンサートなのに普段着でいいのか?」

 僕はコートを羽織っていたからそれなりに見えたが、唯はといえばもこもことした厚手のラフなジャンパーを着ていた。下は言わずもがな、ジーンズである。

「気軽に行けるクラシックコンサートだからね。大丈夫だろ」

 相変わらず楽観的というか。微妙に信用の欠ける。とはいえ、かくいう陽影も普段着だったし、余程の格好でなければ大丈夫なのだろうか。当の唯も大して気にしていないようだし。





 地下鉄に乗って、少し早めにお昼を済ませてから会場へと向かう。

 イズミティ21という会場だ。名前は聞いたことはあるが、実際に行ったことは僕たち三人の誰もなかった。だから早めに向かうことにしたのだ。

「結構大きいところなんだな」

「みたいだ」

 陽影と二人、ほう、と感心する。駅からほど近く、迷うことはなく余裕で到着した。

 仙台クラシックフェスティバルは複数の会場で一日中コンサートが行われていて、好きなコンサートのチケットを取っていくつもハシゴを出来るとは聞いていた。どこも駅からほど近く、交通の便が良い。

 早く着いたからその空いた時間に陽影が持っていたパンフレットを見せてもらったけれど、そこに書いてある一日の演奏スケジュールは本当にたっぷりといった感じで、これはクラシック好きの人には堪らないだろう。どのコンサートのチケットを取ってどう回るかとても迷ってしまうのではないだろうか。


 そろそろはじまる時間になって、会場に入る。

「え、と……席は……」

 陽影がチケットを確認しながら移動する。本当に、コンサートホールと呼ぶには十分なほどの大きさで、場違いではないだろうかと思ってしまう。けれど席について見てみると、僕たちくらいの普段着の人は結構多かった。その他にもしっかりとスーツを着ている人、着物を着ている人などもいた。服装は自由で様々だった。

 僕たちは唯を真ん中に挟んで座った。唯は無言のまま、じっとパンフレットを見ている。

「ここでは何の曲が演奏されるんだ?」

「ヴィヴァルディの『四季』って書いてある」

「四季」

 唯がパンフレットを見て教えてくれたけれど、曲名だけ聞いてもどんな曲かわからなかった。ついでに言えば作曲者もピンと来なかった。あんまりクラシックは齧ってきていなかった弊害だな。今度そっち関連の本を読もうかな、と思う。

「ちなみに俺の独断と偏見で、どのコンサートに行くか決めたから」

 えへんと得意げに陽影が話す。子供か。

 気軽に行けるクラシックコンサート、というコンセプトながら、コンサート自体はとても本格的だった。舞台に現れた奏者は当然ながら全員が実力者だし、気軽に行けるものだろうが演奏は本気のものだ。客席とは違いきっちりとしたスーツやドレスなどの格好をしていて、背筋を伸ばした佇まいは誰も彼もしゃんとして美しい。

 『四季』は四人のヴァイオリニストがそれぞれ春、夏、秋、冬を担当して演奏するようだった。春はゆったりと穏やかに、夏は目が覚めるように激しく、秋は静かにひっそりと、そして冬は氷のように鋭く。どれも美しい音色だった。

 意外だったのは冬のヴァイオリンが思いの外激しかったことだ。冬は雪が降り積もるし、静かな印象がある。けれどこの曲では鋭く、ぴんとした冷たさで背筋が伸びるようで、とても綺麗だった。

「すごかったな、四季」

「ああ」

 演奏が終わってからしばらく経っても、まだ余韻が残っている。

「夏、すごかったな。勿論全部聞き応えあったけど、唯はどうだった?」

「冬」

「即答だな。そっか、唯は冬派かー」

 すぐに唯が答えてくれたことに、陽影は満面の笑みを浮かべる。きっとまだみんな、ふわふわとしたような気持ちでいた。はじめての生で聴くコンサートというものは、とにもかくにもすごかったのだ。



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