六月



 げんなりとした僕と、それを気にせずやたらとニコニコしている陽影。

「いや、だからさ……違うだろ」

「いいからいいから」

 いや、何も良くはない。陽影はぐいぐいと僕を引っ張って進むけど、本当にちっとも良くはない。

 というのも、先月懐かない猫さんとやら宛のプレゼント選びに付き合った、と、そこまではまだ良い。けれどそのプレゼントを渡すのに、何故か僕まで連れてこられているという現状が問題なのだ。

「ちょうどいい機会だし、紹介しようと思って」

「良くない。いらない。僕は人見知りだって知ってるだろ」

「大丈夫大丈夫、彼女も人見知りだから」

 それは大丈夫とは言わない。気まずい沈黙が容易に想像出来てしまう。が、どうにも陽影は強引で困る。彼女の方だって突然知らない奴を連れてこられたら、いい気はしないだろうに。


 仙石線に乗って、三十分ほどで仙台駅に着く。田舎に住んでいると車での移動がほとんどになるから、電車に乗ったのは久しぶりだった。待ち合わせが仙台駅で、その彼女と会うにあたって帰りがどのくらいの時間になるかもわからないからと、電車での移動となったのだ。それに仙台近辺の運転は交通量も多いし、少し難易度が高い。

 ずっと東京に住んでいた陽影は車の免許を持っていないから、いつも電車で行っていたようだ。東京にいる分には確かに、電車だけで事足りるのかもしれない。電車だけではなくバスもあるし。

「人混み……」

 仙台駅に着くと更にげんなりしてしまう。仙石線を降りてしばらくはまだ良いのだが、長いエスカレーターを上った先はもう人、人、人だ。

「東京よりずっといいよ」

 陽影はけろりとした顔で人混みの中をすんなり進んでいく。その姿を見て何となく、大人になったんだなと改めて思う。人混みを上手に避ける術を、陽影はもう得ているのだ。

 改札を抜けて陽影の後についていく。迷うことなく進み、仙台駅を出ていく。

「仙台駅で待ち合わせなんじゃないのか?」

「ああ、それは大体の目安だから。あそこのロフトの本屋に多分いる」

「多分?」

「俺が勝手に会いに来てるだけだからね」

「は?」

「休日は大体、この辺りの本屋にいるんだ。ロフトの本屋にいなければ、アエルのとことか、あとあっちのビルとか」

 にっこりと陽影は笑いながらあちこち指を差す。これは待ち合わせと呼んでいいものなのだろうか。

「ちゃんとメールしてあるから大丈夫。いつも返事はあんまりないけどね」

 いまいち、陽影とその彼女の距離感がわからない。ひとまずロフトのビルに入り、エスカレーターで上の方にある本屋の階へと向かう。

 このロフトに入っている本屋は、何度か来たことはあるがとても広い。一階分が丸々本屋になっていて、勿論広い分品揃えも充実している。このままふらりと趣味に走りたいところなんだけれど。

「俺、探してくるから、適当に歩いてて。見つかったらメールする」

「わかった」

 ……ここにいない場合はどうするのだろう。いや、それは僕が考えることではないか。顔も名前も知らないし。

 折角来たのだから本屋を楽しもう。これだけ広いとどこから見ていこうか少しだけ迷う。それでも歩きはじめてしまえば止まることはなく、ずらりと並んだたくさんの本に胸が弾む。

 本の匂いや、雰囲気が好きだ。最近は電子書籍も随分増えてきたけれど、少なくとも僕はそれでは本というものを最大限に楽しめない。本の重量感、装丁、紙を捲る感触や印字された文字を目で追う感覚。読後、表紙をもう一度見直し、裏表紙を少し期待して捲り、そして本棚に収納する時に並ぶ背表紙。それらは本当に素晴らしい。

 そういえば、と思い出す。この間、陽影が話していた石の数々。

 僕の家には石の図鑑なんてものはなかった。陽影は持っていそうな気がするから聞けば見せてくれそうだけれど、それはそれで面倒なことになる気もする。ならば今立ち読みしてしまおうかと、少しばかりの興味を抱いて石の本を探す。宝石やパワーストーンではなく、陽影が特に勧める原石の方を。

 しばらく歩いて探すと、そう時間は掛からずに見つけることが出来た。そこには先客がいて、結構大きいサイズのぶ厚い図鑑を立ち読みしていた。すごく重たそう。立ち読みしている人は華奢な体をしていて、余計に重そうに見えるけれど、果たして腕は大丈夫なのだろうか。

 隣に立ち、僕は僕で他の本を見てみる。石の図鑑には思ったより色々な種類があった。隣の人が読んでいる本が、一番大きくてぶ厚いもののようだ。あれにはランドスケープアゲートとやらは載っているのだろうか。

 とりあえず、それよりも小さいサイズの本を手に取り中を見てみる。あのぶ厚い本は隣の人が読んでいる一冊しかこの本屋には置いていないようだった。

 一概に石といっても、確かに陽影が言う通りかなりの種類があるようだ。索引の欄にはずらりとカタカナが並んでいて、正直こんなにあるものなのかと少し驚いた。

 どうやらアゲート、メノウは数ある石の中でも、随分種類が多い石らしい。色、形、模様、そのどれをとってもバリエーションに富んでいて、掲載されている写真にも様々なものが載っていた。ただ、ランドスケープアゲートというものは文字さえも載っていなかった。一度は見てみたいと陽影は言っていたけれど、あまり有名なものではないのだろうか。

 他のいくつかの本を見てみたけれど、どれも同じく載っていなかった。

 ちらりと隣に視線を向ける。あの最大サイズの図鑑になら載っているだろうか。けれど先程確認した通り、その本は大きさ故か一冊しか置いていないようで、隣の人は腕をふるふると痙攣させながら頑張って立ち読みを続けている。休むか買うかすればいいのに、そうしないのは意地だろうか。その気持ちはちょっとわからなくもなかった。眠気が襲ってきたり、空腹が訪れたり、それでもどこか意地になって最後まで本を読む時が僕にもあるのだ。なのでこっそり、隣の人に心の中でエールを送る。

 見る限り、隣の人は高校生くらいの男の子に見えた。部屋着のような緩い長袖のパーカーとジーンズ姿で、ほっそりしている。こういった大きな図鑑は特に値が張るものが多いから、意地になってここで読んでしまおうとするのはまあ、学生には正しい判断だろう。学生時代のお小遣いなんてあってないようなものだ。大人になって良かったと思うことはそう多くはないけれど、本にかけるお金を増やすことが出来たのは大きな利点だなと思う。



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