五月



 そして次の休日。

 仙台まで足を伸ばすことも考えたが、買うのがお酒であるなら大きなお酒の専門店に行った方が品揃えは良いだろう。それに僕は人混みがあまり得意ではないし。

「流石にプレゼントで缶チューハイは味気ないよな?」

 陽影はうんうん唸りながらそう問い掛けてくる。それには同意する。だからといって見栄えの良い日本酒や焼酎は初心者には敷居が高いだろう。ワインもアルコール度数が高いし。となれば、炭酸水で簡単に割って飲める果実系のリキュールだろうか。

 リキュールを置いているコーナーに行くと、大きいものだけではなく小さめの瓶も並んでいる。これならば缶チューハイを渡されるよりはずっと良いのではないだろうか。

「陽影。こういうのは?割って飲むやつ」

 とりあえず、オーソドックスなグレープフルーツを手にする。大体グレープフルーツには外れがない。数少ない飲酒経験から導き出した持論だ。お店に並ぶグレープフルーツの缶チューハイの多さからみても、実に的確に一般論をおさえていると自負している。

「あっ、シークヮーサーだ!」

 陽影は僕の話など聞かず、シークヮーサーの小瓶のリキュールを手に取る。表情がキラキラと輝いていた。

「シークヮーサーは好き嫌いがあるだろ」

「きっと好きだ。沖縄に行ってみたいって言ってたし」

「それとこれとは関係なくないか?」

「これにするよ、ありがとう美月!」

「……」

 ちょっと解せん。結局僕がこのプレゼント選びに付き添った意味はあったのだろうか。

 はあ、と溜め息を吐いてグレープフルーツのリキュールを元の場所に戻す。

「あ、それも買ってくから」

「は?」

「俺からはシークヮーサー、美月からはグレープフルーツな」

 にっこりと笑い、陽影は僕が戻したグレープフルーツのリキュールもしっかり回収すると、二つの小瓶を持ってレジへと向かった。

 僕からのプレゼントって、だから僕はその懐かない猫さんとやらを知らないのだが。しかも両方普通に陽影が支払いをしているし。

「見てみて、綺麗に包装してもらった」

「うん。様になってるんじゃない」

 ご丁寧に別々に包装してもらったらしい。見せられた袋の中には、緑色の包装紙に赤いリボンというクリスマスだろうかという配色のものと、薄い黄色の包装紙にオレンジ色のリボンのものが入っていた。色合い的に緑色と赤色がシークヮーサーで、黄色とオレンジ色がグレープフルーツだろうか。

 しかし顔も知らない人から誕生日プレゼントを貰うというのは、どうなのだろうかと思うけれど。





「美月はさあ、俺にとってのアゲートだと思うんだ」

 買い物に付き合った礼として、昼食を陽影に奢ってもらう。大したことでもなかったからそんなに気にするようなことでもないと言ったのだが、半ば強引に。妥協案として近くの安価なファミレスに入った。注文をして待つ間、陽影は頬杖をつきながらぽつりとそんなことを呟いた。

 アゲートって何だ。

「ああ、ちなみにアゲートっていうのはメノウのことだよ。石のこと」

 疑問が表情に出ていたのだろうか、すぐに陽影が説明を追加する。

「メノウ……。それなら聞いたことあるような気がするけど、それ、褒めてるのか?」

「勿論!俺、石好きだし。中でもアゲートは特に好きで、気付いたら買ってるくらい。部屋にも飾ってあるんだけど」

 そう言われても、置いてあったどの石がアゲートなのかさっぱりわからない。どんな石があったかも詳細に覚えてはいない。興味がない、ということは、それだけで考えることを放棄する。僕にはどの石も同じように見えるけれど、陽影にとっては違う。その一つ一つに意味があり、名前がある。

 生活に必要ではない知識を得るということは、きっと心が豊かな証拠なのだろう。

 そうこうしているうちに、店員が料理を持ってきた。

 僕はデミグラスソースのオムライス。陽影はカットステーキとハンバーグのセットメニューという、かなりの量。たかだか選ぶ料理でさえ、僕たちはこうも気が合わない。

「メノウって名前さ、見た目が馬の脳みたいだから、そういう名前になったらしいんだ。瑪瑙って、こういう漢字なんだけど」

 お客様の声を書く紙に、陽影はすらすらと難しい漢字を書く。

 『瑪瑙』と書かれた紙。このまま本来の使い方をされないのは可哀想なので、食後にでもお客様の声は書いておこう、と思った。

「……で、それが僕だと?」

「そうそう」

 馬の脳って。やっぱり褒めてなどいないだろう、と思いながらオムライスを食べる。うん、美味しい。

「アゲートってすごく神秘的なんだ。不可思議な模様もそうなんだけど、ずっと昔の水が入ったものだったり、左右対称のものだったり、色んな種類があるんだよ。その中でも、俺は特にランドスケープアゲートを見てみたいんだ」

「ランドスケープ……風景?」

「そう。風景画みたいに見える模様のアゲート。その中でも特に美しいもの。本当に存在するのかな」

 陽影は食べることも忘れて、その憧れているランドスケープアゲートを頭に思い浮かべているのか、ぼうっとしている。ここじゃないどこかを見ているかのような焦点のはっきりしない淡い目。息を飲み込む。

「……死ぬ前に一度は見てみたいんだ」

 ふっと陽影の目に光が戻って、僕を見ていつものように笑いかけてくる。

 そうなんだ、と生返事しか出来なかった。違いを見せつけられたようで。

 僕はそんなにも強く何かに憧れを抱いたり、執着したことはない。だから陽影の抱くその感情がどういうものなのか、ちっともわからなかった。

 ただ何かを強く好きだと言い切れる陽影のことは眩しくて、少しだけ羨ましいと思った。




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