第13話

 それから彩は北斗の勤める病院で何度も検査を受け、手術の方針を決めていった。

 北斗は主治医ではなかったけれど、彩の診察時には極力顔を出してくれて、病院と彩の橋渡しとして丁寧にやり取りをしてくれている。


 先天性の奇形がある彩の心臓は、二十年以上前に手術をしたきりである。

 今では医学が進歩し、彩の受けた手術も術式が大きく変わった。今までの手術では術後の心臓への負担が大きすぎたのだが、最新の術式では負担を軽減する新たな方法が確立されたのだと言う。


「だからつまり、この手術を受ければ今までみたいに苦しくなったり息切れしたりという事が減るんだ。日常生活がもっと楽になるって事だよ」


 病院のカンファレンスルーム。

 術前説明をする循環器内科医と心臓外科医、そして北斗と彩が向かい合って話し合いながら、北斗は彩に説明した。


「元気になれるなら、すごく嬉しい」


 彩の返事に心臓外科医が難しい顔をする。


「ただ、大人にこの手術をした例がありません。また、高橋さんの心臓はすでに酷使した後です。回復の早い子どもと違い、リスクが無いわけではありません」


 リスク。それは生きるか死ぬかという話だ。話の重さに、「高橋さん」と呼ばれたくすぐったさもすぐに吹き飛んでしまう。


「承知しています。でも、このまま生きていても迷惑をかけるだけだし、元気になれるなら手術を受けたいかなと思っています。それに、私の病状は手術推奨レベルなんでしょう?」


 尋ねる彩に北斗が頷く。


「うん。病院としては満場一致で手術を勧める状態だよ。夫という立場で考えても、受けた方が良いと思う」


 それなら彩に迷いはなかった。

 彩はペンをとり手術の同意書にサインをする。入院の保証人欄には、北斗が夫としてサインをした。


「よろしくお願いします」


 深々と頭を下げる。危険は承知。それでも彩は、新しい「家族」の為に生きたいと願った。



 入院前夜。

 彩と北斗は二人で素敵なレストランで食事をとっていた。


「これが最後の晩餐……」

「彩ちゃん、縁起でもない事言わないで」


 フルコースを頂きながら漏らした言葉に北斗が眉をひそめる。


「ごめん。だって手術したあとも退院まで一か月くらいかかるって言うから」

「まあそうだね。ねえ彩ちゃん、元気になったら何したい? 行きたい所はある?」


 北斗は料理の合間に彩に手を伸ばしては、彩の指に自分の指を絡めている。それが心地よくて、彩も彼の指を撫で返した。


「そうだなあ……うぅん、子どもっぽいって笑わないで欲しいんだけど、遊園地……行きたい」

「ああ、そっか。それは良いね」


 北斗が納得する。

 そうなのだ。心臓に病気のある彩は、遊園地で乗れるものが何もない。だから今まで一度も行った事がなかったのだ。


「じゃあ彩ちゃん、退院後すぐには無理かもしれないけど、しばらくたって心臓に問題がなかったら一緒に行こう。約束」


 小指を絡ませる。

 北斗はこの約束がどういう意味かわかっているのだろうか。

 術後しばらくたった後も一緒にいたい。彩はそう思っているのだ。

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