第12話
それから数日後。
自宅リビングで両親に「手術を受ける」と伝えた彩は、母に理不尽に怒鳴り散らされていた。
「なんで手術なんて勝手に決めたの!」
母がバシンと机をたたく。
「どこにそんな金があるっていうのよ! だいたい、退院したってすぐには働けないでしょう! その間の面倒は誰がみるわけ? 本当にあんたは大人になっても迷惑ばっかり!」
想像通りのリアクションだ。金と面倒。彩の心配はみじんもしてくれない。
唇をかんだ彩の背中を、心の中の高橋くん、いや、北斗が「大丈夫だよ」と支えてくれる。
「心配しないで、お母さん。お金は福祉制度を使えばなんとかなるし、しばらく、友達……の家でお世話になるから」
「友達?」
彩と北斗は彩が術後元気になるまで、結婚の事実を誰にも知らせない事にしていた。あくまでこの結婚は彩の手術を無事に終わらせる為のもの。正式に結婚を維持するか否かは、体の事が落ち着いてからゆっくり考えて欲しいと北斗に言われている。
「手術前から退院して働けるようになるまでの間、しばらく友達のところでお世話になることにしたの。お母さんたちに迷惑はかけないから」
「あら、そう」
それを聞いて母は急に大人しくなった。母にとって問題は、自分に害があるかないかだけなのだ。顔をそらした彩に向かって、今度は父が言う。
「いいか、彩。手術の領収書はちゃんと持って帰ってきなさい」
「領収書?」
「そうだ。お前には保険をかけているんだ。多くはないが手術時にも給付金が出るから、必ず持ってきなさい」
初耳だった。父は彩のために毎月保険料を払ってくれている。それは彩に対する情であり、思いやりだと感じた。父は彩の味方。
そう思ったのに――。
「これまで無駄に払い続けた保険料を給付金で取り返さないとな!」
「ほんとそうよねえ」
両親は彩の前で笑いあう。
まるで彩に心があるとは思っていないみたいに。
(無駄にって何? お父さんは私にさっさと死んでほしかったの?)
冗談でもそんな事を言って欲しくなかった。誰かに止めてほしかった。
彩はたまらずリビングを飛び出す。
ドアの向こうから「手術の成功率ってどのくらいなのかしらね」と話す両親の明るい声が響いてきた。それがどういう意味の心配なのか、彩は考えたくもなかった。
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