第11話

 彩はなんとも言えない気持ちになった。その申し出が嬉しいような、申し訳ないような、どうしたら良いかわからないような気持ち。


「でも私、そんなお金ないし。手術を受けたらしばらく仕事も休まなきゃいけなくなるし、生活できなくなっちゃうし」


 そうだ。

 現実的ではない。

 そこまでする価値が自分にあるとは思えない。

 それに、これ以上あの家族に迷惑をかけたくない。

 彩の言葉を聞いて、高橋くんはベッドサイドに視線を落とし、息を吐いた。


「それなら――」


 高橋くんの手が彩の頭を撫でながら、彩の顔を自分の方へと向ける。


「僕と結婚すれば良い」


 するりと彩の髪の間をすべり降りた指が、また彩の手を握った。


「術後の生活は僕が支える。入院中も、リハビリ中も、僕が二階堂さんの事を支えるから、なんの心配もせずに手術を受けて欲しい。元気になってほしいんだ」

「それは無理だよ! 高橋くんにはデメリットしかないし!」

「デメリットじゃない。さっきも言ったけど、今の僕があるのは二階堂さんのおかげなんだ。二階堂さんが居なかったら僕は不登校になっていたと思うし、医者にもなっていなかった。生きていられなかった。だから僕は二階堂さんに恩返しがしたいんだよ」

「でも」


 簡単に「はい」と言える事ではない。口ごもる彩に高橋くんが畳みかける。


「大丈夫。結婚と言っても形だけでいい。二階堂さんの嫌がる事はしない。術後、体調が落ち着くまでで良いから支えさせてほしい。その後の事は二階堂さんが決めて良いから」

「私、そんな迷惑かけられないよ。家族でもないのに」

「だから家族になりたいって言ってるんだよ!」


 家族。

 迷惑をかけて、恨み、恨まれる関係。

 そう思った彩は泣けてきた。


「家族なんて、そんなものになりたくないよ、私」


 家族というものが怖い。


「私、高橋くんに迷惑かけたくない。いい年して一人で生きられないなんて、情けなくて、惨めで、つらい」

「じゃあ、なおさら元気になろうよ、二階堂さん」


 そんな提案をする高橋くんは、彩の知っている「家族」とは違う話をしている気がした。


「僕を頼って。僕に甘えて。助け合おう。支え合おう。それを気兼ねなく出来るのが家族だよ。僕は二階堂さんとそんな関係を築きたい。元気になろう、一緒に」


 一緒に。

 彩の両親がそんな事を言ってくれた事は一度もなかった。

 助け合い、支え合うのが家族なら、それはなんと温かい事だろう。

 触れてみたい。家族というものを噛みしめてみたい。

 彩はそう思った。


「高橋くん、私を家族にしてください」

「もちろん、よろこんで」


 それから二人は今まで会えなかった時間を埋めるように色んな話をした。

 時間はあっという間にすぎて、疲れが残っていた彩は高橋くんに見守られながら眠りにつく。こんなに心地よく安心感のある眠りは、彩の人生で初めてな気がした。

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