第10話
「高橋くん……」
胸が苦しい。
お荷物で、いつ死ぬかわからないような彩を、高橋くんは「救いたい」のだそうだ。
こんな彩を。ろくに働けず邪魔者扱いされ、日常生活もままならない、社会のお荷物でしかない彩を、彼は――。
「……生きてていいの? 私」
彩の目から勝手に涙がこぼれてきた。自分の存在が認められた気がした。初めて誰かに「生きて欲しい」と願ってもらえた気がした。それがたまらなく嬉しかった。
高橋くんが彩の頭を撫でる。
「当然だよ。なんでそんな事を聞くの?」
「だって――」
彩の脳裏に母と妹の顔が浮かんだ。
「だって、迷惑でしょ、私。社会のお荷物で、なんの役にも立たなくて、それなのに障害年金もらったり優先席に座ったり健常者の邪魔ばかりして、まともに働くことも出来なくて、それに」
彩の言葉をさえぎって、高橋くんの人差し指が彩の口をふさいだ。眉を寄せた彼が低い声で尋ねる。
「誰かに言われたの? そんな酷い事」
家族から日常的に浴びせられた言葉は、高橋くんにとっては「酷い事」であるらしい。その感覚の違いに声をひそめ、彩は答えた。
「……お母さんとか、妹とか」
「えっ」
高橋くんが目を丸くする。
「本当に?」
「うん。邪魔だとか迷惑だとか、子どもの頃からいつも」
「ありえない! なんでそんな事……家族だろ!」
語気を強める高橋くんに、彩は慌ててフォローを入れた。
「家族だからこそだよ。私がすぐに体調を崩すから、家族には迷惑をかけてばかりなの。死ぬまで、ううん、死んでも迷惑かけちゃうし、そういう事を言われて当然なんだよ。私のせいで家族旅行だってしたこと無いんだもん、私の家」
家族はいつもいつも彩の体調を優先させられている。旅行はおろか、外食すら途中で断念する事があった。迷惑かけっぱなしの彩は、家族にとって邪魔者以外の何者でもない。
「いや、おかしいよ。そんなのおかしい。……ねえ、二階堂さん。二階堂さんは実家暮らし?」
「うん」
「一人暮らしの予定はある?」
彩は静かに首を横に振った。
「出来る事なら一人暮らししたいけど、私、いつ死ぬかわからないし。発見が遅れて腐った私の後始末をするのは親だから」
「後始末って」
「うん。腐った死体の処理なんて嫌でしょ。だから一人暮らしはやめてって言われてる」
そう言った途端、高橋くんが彩に覆いかぶさって彩の両肩を抱いた。彩の顔のとなり、枕の上に顔をうずめた高橋くんは、彩の耳元で「なんで」とやるせない声をもらしている。
彼の髪が彩の頬に触れる。
(温かい)
もしも自分が死んだら、高橋くんはこうして泣いてくれるかもしれない。そんな事を、彩はぼんやり思った。
彩の頬の上を高橋くんの額が滑る。
「二階堂さん、生きよう」
顔を上げた高橋くんの決意に満ちた目が、彩の目の前にあった。
「僕と生きよう。僕が支えるから」
このままキスされるんじゃないか。そう思うくらい長く見つめてから、高橋くんはギュッと目をつむり、彩から身体を離した。
「二階堂さん、うちの病院で手術を受けてみる気はない?」
急な話に彩は戸惑う。手術?
「デリケートな話だから言うかどうか迷ってたんだ。けど、ご家族がそんな様子じゃやっぱり心配だよ。二階堂さんにはもっと元気になって人生を楽しんでもらいたい」
「元気に……?」
「そうだ。僕の勤めている病院は、成人先天性心疾患の治療で国内トップクラスの病院なんだ。まずはセカンドオピニオンだけでも良い。僕たちに診せてほしい」
彩の手が高橋くんに力強く包まれる。
「僕に命を預けてほしい。元気にして返すから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます