第8話

「二階堂さん!」


 席から飛び出した高橋くんが、力なく崩れ落ちる彩の身体を抱きとめる。

 彼の膝に彩の身体をあずけ、高橋くんは彩の脈と呼吸を確認した。


「彩! 大丈夫?!」


 友人たちが集まってくるなか、彩はふと気が付いて目を開けた。気を失っていたのは一瞬だけだったようだ。でも貧血のような気持ち悪さがあって、彩はまた目を閉じる。

 高橋くんは彩を抱えたまま、みんなに向けて言った。


「一時的なものだから心配はいらないと思う。でも、しばらく横になっていた方が良い。……駅の北口にビジネスホテルがあったよね。誰か、空いてる部屋がないか確認してくれないかな」

「わかった、私連絡してみる」


 みんなが固唾をのんで見守っている間、高橋くんは彩の手を力強く握り「大丈夫だよ」と何度も声をかけてくれた。「大丈夫、大丈夫」それは親が子どもをあやすような、信頼できる人間による絶対的な言葉だ。彼が言うなら大丈夫。彩は自然とそう思えた。


「ホテル空いてるって!」

「ありがとう、じゃあ押さえといてくれる? 僕はこのまま二階堂さんに付き添って休ませるから、先においとまするね。僕と二階堂さんの分の代金はこれで。足りなかったらあとで請求して」


 高橋くんは財布から一万円札を出して幹事に渡すと、彩を軽々とお姫様抱っこして立ち上がる。


「二階堂さん、少し揺れるかもしれないけど、ちょっとだけ我慢してね」


 彩に優しく声をかけ、高橋くんは居酒屋をあとにした。



 店を出て、駅の構内を抜け、ホテルに着くまで、彩はずっと高橋くんの腕の中だった。

 彼の足並みに合わせふわふわと揺れる感覚がまるで夢の中みたいだ。

 大勢の人の波をお姫様になったかのようにふわふわと駆け抜けていく。


 ホテルについた彩は、小さな部屋のベッドの上に優しくおろされた。

 高橋くんは王子様みたいに彩の靴を脱がせて、もう一度彩の脈を確認する。


「うん、落ち着いているかな。二階堂さん、苦しくない?」

「大丈夫。ありがとう」


 息苦しさはもうなかった。でもたぶん、起き上がるとまたクラッとくるだろう。


「二階堂さんはふだん不整脈が出た時ってどうしてる? 早めに受診するように言われてるなら付き添うけど」


 高橋くんはベッドサイドの椅子に腰かけ、彩の頭をなでながら尋ねた。まるで子ども扱いみたいだけど、今の彩には心地いい。


「ううん。休んで良くなるようなら定期受診で大丈夫って言われてる」

「そっか。じゃあチェックアウトは明日の十時だから、それまでゆっくり休もう」


 高橋くんの手が、いつくしむように彩のおでこの上をすべる。


「そばにいるから安心して」


 穏やかな彼の顔。優しい声。


「安心……」


 彩が呟くと、高橋くんはハッとして慌てて手をひっこめた。

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