第7話

(あ……やばい)


 手元にあるのはウーロン茶のはずだった。

 だけど彩が飲んだのはウーロンハイである。口の中に残るアルコールの感じ的に、間違いない。きっとさっきの友人がグラスを間違えて持っていってしまったのだ。

 彩は口元をおさえた。


「二階堂さん、どうかした?」


 フリーズしていた彩に高橋くんが問いかける。


「あ、えっと。グラス間違えたみたいで、これウーロンハイだったの。今日はお酒飲まないようにしようと思ってたから、ちょっとびっくりしちゃって」


 しかも結構な量を一気に飲んでしまった。飲み干すまで気付かないなんて、いくらなんでも間抜けすぎる。


「大丈夫、二階堂さん。お水もらおうか。――すみません、お水一杯ください! 身体の事もあるし、お酒を控えようとしてたって事だよね。もし具合悪くなりそうだったら言って。対応する」

「ありがとう高橋くん。でも私、お酒飲めないわけじゃないし、念のため用心してただけだから。たぶん、大丈夫だと思うんだけど……」


 話していると高橋くんは急に立ち上がり、彩の隣の椅子を彩の椅子にぴったりくっつけてそこに座った。


「しんどくなったら僕に寄りかかって良いから」


 彩の肩に触れる位置に高橋くんがいる。彼が動くたび、フワッと爽やかな香りがした。柔軟剤かな。生活感のような生命力のような、高橋くんの「生」をとても感じた。


「……ありがとう」


 近くに人が居てくれる。そんなぬくもりに包まれた彩は、なぜだか彼の顔を見られなくなってしまった。


 胸がドキドキする。

 いつもはゆっくりゆっくり鼓動を打っている彩の心臓が、高橋くんがしゃべるたびに高鳴り、元気すぎるくらい動いてしまう。苦しいような、楽しいような、生きている実感が彩の身体を巡っていく。


「ごめん、ちょっとお手洗い行ってくるね」


 二人きりで少し話したあと、彩は立ち上がった。


「気を付けて」

「ふふ、大丈夫だよ」


 お手洗いくらいで心配されるのが可笑しくて、彩は笑いながら歩きだした。

 と、同時にトトッと心臓が変な動きをした感覚があった。

 よくある不整脈だ。疲れてくると起きやすいし、心配するほどでもない。


 そう思いながら一歩二歩進んだところで、またトトトッと心臓が走る。

 よくある不整脈だけど、連続するのは望ましくない。血液循環が成り立たなくなってしまうからだ。

 そのうち、彩の目の前はサアッと暗くなっていった。


「二階堂さん!」


 高橋くんの声を聴いたのを最後に、彩は気を失ってしまった。

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