第5話
見上げると、スーツ姿の男性が彩に向かって声をかけている。
真っ黒のストレートな髪を後ろに流すようにセットした、さわやかな印象の男性。優し気な目元に穏やかな笑み。
見慣れない顔だ。
でも、なんとなく「彼」の面影を感じる。
「え、え……、高橋、くん?」
彩は思わず息を飲んだ。
優しそうな顔は中学時代と変わっていない。けれどその表情からは昔感じた自信の無さが消えていて、凛々しくなった顔つきに男らしい力強さがにじみ出ている。
「久しぶり、二階堂さん」
大人になった高橋くんはそう言って白い歯をのぞかせた。
「ひ、久しぶり」
「ああ良かった。『誰?』って言われたらどうしようかと思ったんだ。覚えていてくれて嬉しいよ」
高橋くんが彩を見つめながら、目の前の席に腰かける。目を細めた彼の笑いジワが印象的だった。
(高橋くんって、こんなに堂々と笑う子だったっけ)
彼の成長ぶりにどぎまぎしながら、彩も微笑み返した。
「こちらこそ、会えて嬉しい。ほんと久しぶりだよね。卒業以来だもん」
隣に座っていた友人たちは顔を見合わせる。息を合わせて立ち上がり、「私たちも向こうのテーブルに行くね」と席を離れてしまった。
「あ、ちょっと」
あからさまに彩と高橋くんを二人きりにさせようとしているけど、高橋くんは気にしていない様子だ。
彩を見つめて彼は言った。
「二階堂さん、会いたかった」
会いたかった、という言葉の余韻をかみしめるように、高橋くんは彩を見つめたまま黙ってしまった。思い出のひとつひとつがゆっくりとよみがえってきて、中学時代よりずっと格好良くなった高橋くんに重なっていく。
彩は思わず顔をそらした。
「ちょっと高橋くん、そんなに見られると恥ずかしいんだけど」
「ああ、ごめん。いや、そうだよね。僕の気持ち、何も伝えてなかったし」
「高橋くんの気持ちって」
急にガヤガヤと店内のざわめきが大きくなった気がした。
(どんな気持ちだろう)
はにかむ高橋くんを見ていると、彩はつい
ウーロン茶のグラスを両手で握りしめる。彩が様子をうかがうと、高橋くんはわずかに視線をそらして呼吸を整えた。
落ち着いた彼が彩をまっすぐ見据えて言う。
「僕ね、小学生の頃から二階堂さんの事が好きなんだ」
温かい言葉が風のようにブワッと彩の身体に吹き付けた。その優しい衝撃が彩の胸をくすぐる。
高橋くんは彩の事が、好き。
しかも小学生の頃から。
高橋くんは目を細め、彩を見つめている。
「……え、と」
これまで彩は、そんな事など一度も考えた事がなかった。誰かが彩を好きになる事なんて無い。家族にさえ
けれど高橋くんは照れたように笑って、彩に気持ちをしっかり伝えようと視線をそらさずにいる。
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