第4話

 それから二週間。

 仕事終わりの彩は同窓会の会場へと向かっていた。

 バスの窓に映る自分の顔は、ほんの少し血色が悪くやつれている。


(メイクは直したけど、やっぱりちょっとクマが気になるな)


 彩の心臓は生まれつき形がおかしかった。

 幼い頃に何度も手術を受けたおかげで大人にはなれたけど、普通の人より体力はなく制限も多い。

 疲れてくると血液循環が悪くなり息切れするので、仕事のあとの外出は正直不安だった。まして、疲れのたまった金曜日。無理をしたら倒れてしまうかもしれない。


(今日はお酒を飲まないようにしよう)


 少量の飲酒は許可されているけど、今日はやめておいた方が良いだろう。うっかり倒れてみんなに迷惑をかけるわけにもいかないし。

 そんなリスクを承知で参加を決意したのは、高橋くんの話を聞いたからだ。


(絶対に会いたい、か)


 ずっと会えていなかった高橋くん。だからこそ、彩も彼に会いたくなった。

 どんな人に成長しているのか、なぜそこまで彩に会いたいと思ってくれているのか、聞いてみたい。


 期待を胸に、彩は駅前のバス停でバスを降りた。



「かんぱーい!」


 駅前のビルの三階にある海鮮居酒屋に元気な声が響く。

 総勢二十数名の同窓会は、こじんまりとした居酒屋を貸し切っておこなわれた。


 彩は仲良しグループの女子三人と四人掛け席についている。

 隣のテーブルには昔チャラチャラしていた男子数人がスーツ姿で座っていた。すっかり落ち着きはらった彼らに時の流れを感じる。自分はこんなに成長しただろうか。彩はちょっと自信がなかった。一方、ギャルだったクラスメイトは赤ちゃん連れで顔を出し、赤ちゃんをひと通り披露して早々に帰っていった。和気あいあいとした雰囲気は、卒業後十年以上たっても変わっていない。


「彩、体調大丈夫?」


 友人たちが彩を気づかいつつ料理を取り分けてくれた。


「うん、たっぷり寝てきたし、今日は疲れる仕事をしないように気をつけてたから大丈夫!」

「そっか。でも無理しないで。辛かったら早めに言うんだよ」

「わかった、ありがとう」


 友人の怜奈は彩のウーロン茶のグラスに自分のレモンサワーをカチンと合わせ、ニコッとほほ笑む。怜奈の優しさも変わっていない。


「あはは! 怜奈、お母さんみたい」

「昔から彩の保護者だよね、怜奈は」

「まあね。まかせて」


 あはは、と笑いあう友人たちに囲まれて、彩はホッと息をついた。本当の母よりずっと優しいみんなの事が、彩は大好きだった。


(来て良かった)


 心からそう思えた。

 笑みをこぼした彩は、目の前の怜奈がニヤニヤと自分の顔を眺めている事に気付く。


「……何?」

「えー? いやあ、なんでもない。あー、えっと、私ちょっと向こうのテーブル行ってこよっと。じゃあね!」

「へ?」


 キョトンとする彩を無視して、怜奈はレモンサワーを持って立ち去ってしまった。移動するにしても早すぎない? と思っていると、頭上から男性の声が降ってくる。


「二階堂さん。ここ、良い?」


 その声に彩はドキッとして顔を上げた。

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