第3話

 職場に向かうバスの中。

 心臓に難病をかかえる彩は優先席に座っていた。

 膝に置いた黒のカバンの上には赤地に白十字のヘルプマークが鎮座している。混雑した車内でこうして座っていられるのは、このマークのおかげだ。


(ここに居る人たちにも『座れて羨ましい』と思っているのかな)


 バスが曲がるたび、通路に立つ人のバッグが彩の肩にぶつかってくる。居心地の悪くなった彩は、朝の遥花とのやり取りを思い出してしまった。


(……いけない)


 彩は頭を小さく左右に振る。


(被害妄想だ。ちゃんとしろ、私。大丈夫、大丈夫)


 深呼吸して気持ちを整える。

 その間にカバンが震え、彩は中からスマホを取り出した。小中学校時代からの友人からLINEが届いている。


『おはよ』

『彩は今度の同窓会行く?』


 そのメッセージを見て彩は昨夜の事を思い出した。中学時代の同級生グループLINEで出ていた同窓会の話題に、彩は返事をしていなかったのだ。

 来週金曜の夜に行われるという同窓会。病気のせいで体力のない彩には、一週間の疲れがたまっている金曜の夜というのがとてもネックだった。


「体調次第かな」

「もうちょっと考える」


 彩はそう返信して仕事に思いをはせた。仕事が多くなければ、行けなくもないけど……。


『そっか』

『高橋くんは彩に絶対に会いたいって言ってたよ』

『行けるといいね』


「え?」


 不意に出た名前に彩はドキリとした。


 高橋たかはし北斗ほくとくんは小、中学校時代によく同じクラスになっていた男の子だ。


 艶やかな黒髪で、優しい顔をした大人しいタイプの子。常に自信がなさそうで、そのおどおどした感じが彩には勿体なく見えた。博識で優しく、誰に気付かれなくても責任持って係の仕事を完遂する彼は、目立たないけれど格好いいと思っていたものだ。


(高橋くん、今どうしてるんだろう)


 高橋くんと彩は中学校卒業後一度も会えていない。

 個人的に遊びにいくほどの仲ではなかったし、同窓会や成人式でも縁がなかった。彩の体調が悪かったり、彼の仕事の都合が合わなかったりしたのだ。


 ――絶対に会いたい。


 そんな事を言うなんて、高橋くんは急にどうしたのだろう。確かに今まで会えなかったけれど、絶対だなんて少し強い言葉な気がする。たいした仲でもなかったのに、なんだか気になってしまう。


『無理にとは言わないけど、行けそうなら行こ!』


 友人のメッセージに背中を押される。


「うん、そうだね」

「行けるように調節してみる」


 返信した彩は改めて仕事のスケジュールを考え始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る