第2話
カチンとケトルが鳴る。
「邪魔」
遥花はキッチンに立つ彩を押しのけて、ケトルに手を伸ばし珈琲を淹れはじめた。
「ほんとお姉ちゃん見てると腹立つんだよね。こっちは必死に就活してるのにさ、お姉ちゃんは障がい者雇用とか言って簡単に就職したじゃん。超時短勤務で楽そうだし、そのうえ障害年金も貰って、おかしくない? こんな事のために自分のおさめた税金使われるの、ほんと最悪」
珈琲を手にした遥花がわざと彩の肩にぶつかりながらダイニングテーブルへ向かう。
「あつっ……」
並々といれられた遥花の珈琲はぶつかった衝撃で彩の腕にこぼれ、彩は反射的に顔を歪めた。けれど遥花は彩を見ようともしなければ謝りもしない。
「ねえ遥花、かかったんだけど」
「だから何? 狭いんだから仕方ないじゃん。てか、嫌なら一人暮らしすれば? お姉ちゃん社会人なんだから出ていきなよ」
言われて、彩は口ごもる。出ていきたい。でも――。
「ああ、駄目よ遥花」
洗面所に居た母がダイニングに戻ってきて口をはさむ。
「お姉ちゃんは突然死のリスクが高いんだから、一人暮らしなんかしたら迷惑だもの」
聞き慣れた声が刃物になって飛んできた。
「知らない間に突然死されたら困るじゃない。ウジの湧いた腐った死体を確認させられるなんて嫌よ、お母さん」
「うえ、私も絶対無理!」
二人の言葉が彩の心にぐさりと突き刺さる。
「それに後始末のお金を払うのはお母さんたちなんだから、とてもじゃないけど一人暮らしなんてさせられないわよ」
「そっかぁ。ほんとお荷物じゃん。だる……」
遥花は彩を睨み付けてドカッとダイニングチェアに座った。
(だるいって何)
彩は悔しさと悲しさで唇をぎゅっと噛んだ。
言い返したいけど、言い返せない。突然死のリスクも、自分の存在が他人にとって迷惑なのも、全部事実だ。
何も言えない。出ていく事さえ出来ない。生きていても死んでも迷惑――。
うつむく彩に母が言う。
「彩、なんでそんな顔するの。あなた恵まれてるのよ? あなた、毎月この家に自分がいくら入れてるかわかってるわよね」
「三万円だけど」
「そう。たった三万円。普通、三万ぽっちで一人暮らしなんて出来ないでしょう? 私たちが好意で安くしてあげてるんだから感謝しなさい」
「……わかってる。ありがとう」
ダイニングテーブルについた彩は顔をそむけ、妹と母のくだらないお喋りが耳に入らないようにシリアルをザクザク混ぜた。
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