第17話 精霊の都と輸送開始



 伯爵の屋敷で、結局レイナは自室に帰してもらえなかった。アレクシスの部屋のベッドで寝ろと散々言われたが、「自分、護衛なんで」を貫き通して扉の前で立ち番をする始末だ。


 何故、侵入者を寝ていても消し炭にできる男の護衛をしなければいけないのかと、何度も思考のループに落ちそうになったが、それを救ったのは翌朝、廊下に現れて晴れ晴れとした顔で「ありがとうございました」と挨拶をするミス・ダイヤモンドだった。


 彼女の心の平穏に一役買えたのなら、良しとするしかない。


 寝起きの隊長からコーヒーを頼まれて部屋に入り、ポットに向かうレイナを、不機嫌そうな顔で腕を伸ばしたアレクシスが背後から抱き締めた。


 寝ぼけているといつもこうなので、彼を背中に負ぶったままコーヒーを淹れ、ついでに貰ってきた朝食を並べる。なにやら耳元で「なんで君はそうなんだ」とか「ラッピングってどういうことだよ」とかうだうだ言われるが意味がわからないので無視を貫いた。


 相変わらず馬車でも隣に座らされ、正面に座るダイヤモンドを安心させるために手を繋ぐ。心なしか、重なった指先をぎゅっと掴まれたり、手の甲を撫でられたりしたが、咎めると膝の上に強制的に乗せられたので、以降は我慢する。


 一睡もしていなかったので最終的には肩に凭れて眠ってしまったが、叱責されるどころか上機嫌だったのが謎だ。


 そうこうするうちに、とうとう精霊の都の入り口出現ポイントまで辿り着き、目立った戦闘もなく内側に招き入れられる。


 大小さまざまな光の玉が浮かぶ精霊界は、空の色や海の色等、基本的な色彩はレイナたちが暮らす世界と何ら変わりない。


 違いがあるとすれば、その色味がパステルカラーのように柔らかいところだ。


 淡い紺色や白、オレンジが目立つ石造りの家々を横目に、石畳の道を進む。

 車窓の向こうに春の水色に似た空をバックに、淡く輝くクリーム色の城が建っているのが見えた。


 そこに、ミス・ダイヤモンドとアレクシス、レイナを乗せた馬車が吸い込まれて行き、下りると、緊張から背筋を伸ばした。


 内側から柔らかな光を放つ城を、出迎えた薄いローブを着た精霊族の方に挨拶をした後、案内されて進む。レイナは前回、庭先で留め置かれた関係から興味津々に城の内部を見渡した。


 精霊族はみな、色白で白金の髪と目を持っている。外見は自分達と同じだが眼が特徴的で、猫のようなアーモンド形で瞳孔が縦に細く収縮することもあるようだった。


 真っ白な謁見の間にやって来ると、精霊族の王が現れて金色の玉座に付く。

 ミス・ダイヤモンドが挨拶をし、これからの聖水の運搬が何事もなく終わるように祈っていると告げられた。


 あとはミス・ダイヤモンドとアレクシス、そしてジョイスを招いての懇親会が始まるのだ。


 案内人に連れられて扉の奥へと消える三人を尻目に、レイナは聖水運搬の指揮に戻る。


 最後までアレクシスが不服そうな顔でこちらを見ていたが、招待されているのは三人だ。レイナはお呼びではない。

 不意に、彼らを案内する女性がこちらを振り返って優越感たっぷりに微笑むのが見えたが、精霊族にまでアレクシス隊長の光り輝く容姿が通用するのかと、妙に感心してしまった。


(……ていうか、ちょっと違和感が……?)


 精霊族の人は大抵、おっとりした……どことなくマイペースな空気感を持っていた。自分達とは違う次元を生きている人たちなので、あくせくするヒト族とは時間の流れが異なるようなのだ。


 だがアレクシスを案内した女性は……こちら側に近い空気感を持っている……ように思えた。

 そこに混じるほんの少しの違和感。


 それを大事にしろと言っていたのは、何を隠そうアレクシスだ。そのアレクシスが彼女に先導され、尚且つレイナが牽制されたのだから……。


(隊長は何かに勘付いてるんでしょうね)


 だとしたら自分が余計な真似をする必要は全くない。


 そう切り替えて、レイナは聖水運搬の指揮へと向かったのである。





 空に浮かぶ透明な球体は、人一人が両手を広げて入れるくらいの大きさがある。そこに精霊の都でしか手に入らない聖水を込め、ふわふわ浮かぶそれを一人、三つほど持って移動するのだが、魔物の襲来に備えて護衛役の騎士が馬に乗って伴走する。


 浮いているとはいえ球体を引くのには結構な力が必要で、途中で聖水運搬と護衛を切り替えながら王都に進む予定だ。


 精霊の都に着いた翌々日、組み上げたシフトを十人ずつの小隊の隊長に渡し、レイナは全体の四分の一の騎士が出発した時点で隊の最後尾についた。


 時刻は昼を回っている。


「……なあ、俺も行きたいんだけど」


 さあ、今から馬に跨ろう、というところで背後から近づいてきたアレクシスがレイナを後ろから抱き寄せ頭に顎を乗せる。


「……隊長が出発するのは第四隊の最後の隊が発進する時ですよ」

「それっていつ?」


 腕を伸ばしたアレクシスに後ろから拘束されて、レイナは暑いから離れてほしいと、切実に思うも、この隊長には何を言っても通じないとわかっているため放置だ。


 バインダーに挟まれた紙をぺらぺらめくり、ざっと日時を計算する。


「聖水を確保した第一隊全員が都を出発するのが三日後で、そこから第四隊まで同日程でこなすとなると十五日後に隊長の出発となります」

「……俺、そこまでいなきゃダメ?」


 はうっと頭上で溜息を吐く上司が、ぎゅっとレイナを抱き寄せる。


「ミス・ダイヤモンドを一人にしてはおけませんから」

「けどさ、第二、第三、第四の隊長も精霊の城で歓待を受けるわけだろ? 彼らに任せとけばいいんじゃない?」


 ぐりぐりと頭のてっぺんに頬をこすりつけられ、レイナは閉口した。


(この男は……四年前と同じ日程だっていうのにどうして今、文句を言うのか)


 やや苛立ちながら、レイナは自分の腰に回されている腕をぺしりと叩いた。


「前回と同じ日程ですよ、隊長。前回できたんだから、今回もできるはずです」

「前回はレイナ、いなかったじゃん」

「輸送には関わってましたが」

「でも俺の隣にはいなかったでしょ? レイナは俺の隣にいるのが仕事なんだけど」

「……私に輸送指揮をせず残れと?」


 頭をホールドする上司の顎から逃れ、半分振り返ってアレクシスを見上げれば、彼は不服そうな顔でレイナを見下ろしていた。


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