第11話 リューネの森 ②
「ティントレイ卿っ!」
部隊員の声が飛び、レイナは「大丈夫」と手を振って……。
ぼろ、と隊服の袖が取れた。
「………………え?」
ひらひらと落ちて行く片腕の生地。と、同時にもう片方がずり落ち、襟が崩壊し、脇が解けていく。
「はぁ!?」
素っ頓狂な声が出た。
衣類が縫合部分から崩れ落ちていく。
(な、なぁ!?)
このままではズボンもバラバラになるッ!
上は上着の下にアンダーシャツのような一枚布の服をきているからいいが、下は……ドロワーズだ。
色気のない、装飾もない、一見すると短パンのようなものだがまだまだ女性が少ない騎士の中で出来れば晒したくない。
「……レイナ」
今度はものすごい低い、トンデモナク不機嫌な声が聞こえてきた。
別に叫んでるわけでもなんでもないし、周囲の喧騒を突き破るほどの大声でもないのに、レイナの耳は何故か隊長の声を拾い上げる。
「待ってください、まだやれますッ!」
喚き返し、レイナは奥歯を噛み締めた。
「……燃やせないなら」
ぶん、と再び大きく振り上げられて視界が反転する。
頭の下に、巨大な釣鐘が見え、植物なのに生えそろう犬歯がぬらりと光るのが見えた。
「ティントレイ卿!」
他に吊り下げられている連中が情けない声を出し、自分が今、まさに消化液の中に放り込まれようとしていることに気が付いた。
だが、イチかバチか。
「こうするまでだッ!」
ぐん、と一気に釣鐘の中に放り込まれ、その瞬間、レイナは自分の両手を打ち合わせて短く詠唱する。
刹那、彼女の身体を中心に青白い光が炸裂し、強烈な冷気が放たれた。
あっという間に花が凍る。
中の消化液も、魔法の寒気が相手では歯が立たなかったようで、ばきばきばきと物凄い音を立てて凍り付いた。
多少凍らずに残った溶液の上に落ちる。防御魔法を施されていないインナーを溶かして腹とデコルテが覗くが、肌に傷はつかなかったのでよしとした。
中の消化液や、細胞の水分が凍った蔦は剣で斬ればその衝撃でもろくも崩れ、足首の戒めから解き放たれる。
ほっと息を吐き、隊長が出張る前に事態を収拾できたと安堵した……──まさにその瞬間。
周囲の影を吹き飛ばす強烈な白光が炸裂し、どん、という地鳴りに次いで物凄い突風が花の壁を突き破って身体を包み込んだ。
ふわりと浮き上がり、思わず目を閉じる。
そうして三秒後。
目を開けたレイナは、眼下に自分を囲っていた釣鐘の花が一瞬で粉々の……灰レベルにまで崩され、木々の葉を突き破ってできた巨大な穴に向かって吸い上げられているのが見えた。
「────────え?」
真っ青な空と花の欠片を見上げたまま、慌てて放り出された無防備な態勢を立て直そうとする。
その身体をふわりと何かが後ろから抱きしめ、導き、あっという間に腐葉土へと降り立った。
どうでもいいが今の一撃でレイナの隊服は吹っ飛んでしまっている。
が、それよりも。
「………………魔物は?」
奴がいた空間だけが残り、空から日差しが降り注ぐ中、凍り付いた巨大花は跡形もない。吹っ飛ばされ木々に引っかかったり草むらに倒れ込む部隊員が唖然として周囲を見渡す中、レイナを抱える人物が耳元で、低く低く囁いた。
「レイナは俺が身を案じて脱げと言っても頑なに脱がないくせに……なに魔物に脱がされてんの? 馬鹿なの?」
ひんやりした声と吐息が耳をくすぐり、ぞわぞわぞわっと肌を電流が走る。
「た、たいちょ……」
ぎぎい、と音がしそうなぎこちなさで自分を抱えるアレクシスを見上げれば、彼はこのまま逃げだしたくなるような神々しい笑顔でこちらを見下ろしている。
ただし、朱金の瞳が笑っていない。笑っていないどころか凍り付いている。
「あ……で、でもですね、倒しましたよ? 隊長が吹っ飛ばす前に……ていうか、どうやって吹っ飛ばし」
「斬っただけだ」
斬っただけ!? 斬っただけで白光が炸裂し、地鳴りがして突風が吹き荒れ魔物が灰に!?
「……俺のことはどうでもいい」
柔らかな声で囁くのに、何故か周囲の気温が下がっていく。寒さにぶるっと身体を震わせれば、ちらりと腕に抱えられたレイナを見下ろしたアレクシスが大股で歩き出す。
「ジョイス」
「はーい」
圧倒的なアレクシスの剣技を前に、一様にぽかんとしていた騎士たちが俄かに動き始める。
「隊を立て直してすすめ」
「隊長はどうするんだ?」
「俺はこの馬鹿をどうにかする」
視線を寄越すジョイスからあられもない格好のレイナを隠すように身を捻り、アレクシスは次々に指示を出した。
「リューネの森を抜けた先で一泊の日程だったからな。ミス・ダイヤモンドの馬車にはシシリーを同乗させろ」
「りょーかい」
シシリーとはレイナよりも十は上の女性騎士だ。結婚し子供もいるが、今なお現役で騎士を続けている。ちなみに旦那さんは隊舎の食堂の料理長だ。
部隊を立て直す彼らをぼんやりと見送るレイナを他所に、アレクシスは彼女を抱えたまますたすたと森の奥へと歩いて行く。
(って、そういえば……馬車を先に行かせるのはいいとして……私はどうするんだ?)
自分の馬はジョイスが率いていたはずだがそれに乗るのか?
考え込んでいると不意に地面に下ろされ、レイナはそこだけ鬱蒼と生い茂る木々の葉が切れ日差しが降り注いでいることに気付いた。
その下にきらきらと日差しを跳ね返す、美しい水面が。
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